“勉(つとむ)” の例文
今更(いまさら)に思(おも)つてみれば、勉(つとむ)はもう十九である。九つと三つの子供(こども)を遺(のこ)されてからの十年間(ねんかん)は、今(いま)自分(じぶん)で自分(じぶん)に涙(なみだ)ぐまれるほどな苦勞(くらう)の歴史(れきし)を語(かた)つてゐる。
悔 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
今は学問場裡(じょうり)に彼我併立の勢を成して、今後我学者の勉(つとむ)る所は唯彼(か)れに対して先鞭(せんべん)を着(つく)るに在るのみ。
人生の楽事 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
光る帆、動揺する波、鴎(かもめ)の鳴声……可懐(なつか)しいものは故郷の海ばかりでは無かった。曾(かつ)て、彼女が心を許した勉(つとむ)——その人を自分の妹の夫としても見に行く人である。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
子供達(こどもたち)の、わけても勉(つとむ)の成長(せいちやう)と進歩(しんぽ)は、彼女(かのぢよ)の生活(せいかつ)の生(い)きた日誌(につし)であつた。さうして今(いま)やその日誌(につし)は、新(あたら)しい頁(ページ)をもつて始(はじ)まらうとしてゐるのである。
悔 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
ここにおいてか、剣術の道場を開(ひらい)て少年を教(おしう)る者あり(旧来、徒士以下の者は、居合(いあ)い、柔術(じゅうじゅつ)、足軽(あしがる)は、弓、鉄砲、棒の芸を勉(つとむ)るのみにて、槍術(そうじゅつ)、剣術を学ぶ者、甚(はなは)だ稀(まれ)なりき)
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
彼女(かのぢよ)が勉(つとむ)の成長(せいちやう)を樂(たの)しみ過(すご)した空想(くうさう)は、圖(はか)らずも恐(おそ)ろしい不安(ふあん)を彼女(かのぢよ)の胸(むね)に暴露(あばい)て行(い)つた。
悔 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)