-
トップ
>
-
備前國
爰に
備前國岡山御城主高三十一萬五千二百石松平
伊豫守殿の
藩中松田喜内と云ふ者
有代々岡山に
住居せしが當時の喜内は
壯年なるに兩親を
亡ひ未だ妻をも
娶らず獨の妹お花と云るを
糸崎行——お
恥かしいが、
私に
其の
方角が
分らない。
棚の
埃を
拂ひながら、
地名辭典の
索引を
繰ると、
糸崎と
言ふのが
越前國と
備前國とに
二ヶ
所ある。
私は
東西、いや
西北に
迷つた。
東枕も、
西枕も、
枕したまゝ
何處をさして
行くのであらう。
汽車案内の
細字を、しかめ
面で
恁う
透すと、
分つた——
遙々と
京大阪、
神戸を
通る……
越前ではない、
備前國糸崎である。