俥夫しゃふ)” の例文
鳴海なるみはもう名物の絞りを売っている店は一二軒しかない。並んでいる邸宅風の家々はむかし鳴海絞りを売って儲けた家だと俥夫しゃふが言った。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
俥夫しゃふは、茶屋からいいつけられたままで、深いわけは知らないので、彼女に毛布をかけてやるとすぐにかじを上げて走り出した。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分は実に薄給はっきゅうでありながらよく働く、俥夫しゃふさえも月に三十円、四十円の収入があるのに、自分の給料はその半額にだも足らぬ。低いものである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
父は京橋の本八丁堀に事務所を構え、ヨシ、ミノという二人の俥夫しゃふが引く二人引のくるまで東京市中を馳けまわっていた。
父杉山茂丸を語る (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そのためだろうか、街角の医者の家を叩くと、俥夫しゃふ寝呆ねぼけて私がいまだかつて、聞いた事がないほどな丁寧ていねいな物言いで、いんぎんに小腰を曲めた。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
暗い外で客と話している俥夫しゃふの大きな声がした。間もなく、門口かどぐちの葉がくるまほろで揺り動かされた。俥夫の持った舵棒かじぼうが玄関の石の上へ降ろされた。
赤い着物 (新字新仮名) / 横光利一(著)
バナナなどというのは、当地では俥夫しゃふ馬丁が食うもので、皇軍ともあろうものががつがつと食べるものでない。少時いささか険のあるやりとりがあって、座がしんと白けた。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
人力車を一台い、長袖の法被はっぴ長股引ながももひき、黒い饅頭笠まんじゅうがさといういでたちで、南地溝の側の俥夫しゃふの溜り場へのこのこ現われると、そこは朦朧俥夫もうろうしゃふの巣で、たちまち丹造の眼はひかり
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
彼女が麦藁帽むぎわらぼうをかぶって、黄麻こうまの大がすりの維子かたびらを着て、浅黄ちりめんの兵児帯へこおびをしめて、片腕ブラリとさせて俥夫しゃふの松さんに連れられて百々瀬へ行く姿を、あたしは町の角で
黒鴨くろがも俥夫しゃふが、うしろから、横から、飛廻って、わめくを構わず
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
俥夫しゃふでも大工でもいいのだ。そんな人と連れ添うべきだ。私も、もう、今日かぎり詩なぞ書くのはふっつりやめようときめる。私の詩を面白おかしく読まれてはたまらない。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
スマートな広東カントン服や腕環などから見ても、俥夫しゃふは、いずれこの俥は祝儀の出る門口へつくだろうと予測していたのに、羽衣町の裏通りのきたない縄のれんの軒先で止められたので梶棒かじぼうを迷わせた。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その頃雇っていた抱えくるまの車夫に、もしこの事業に成功した暁には、貴様に米俵一杯の砂金を遣ると云ったもんだから、に受けた俥夫しゃふの奴め真夏の炎天をキチガイのように走りまわったものだが
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼は俥夫しゃふ身装みなりをしていた。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
表に出るなり俥夫しゃふに云った。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)