仄暗ほのくら)” の例文
が、すぐ町から小半町引込ひっこんだ坂で、一方は畑になり、一方は宿のかこいの石垣が長く続くばかりで、人通りもなく、そうして仄暗ほのくらい。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
師父ブラウンが仄暗ほのくら樹苑じゅえんを通って城影じょうえいの下に来た時、空には厚雲あつぐもがかぶさり、大気は湿っぽく雷鳴が催していた。
肉眼では人の顔も仄暗ほのくらくハッキリ見別けのつかぬような状態であったが、この赤外線テレヴィジョンに映るものは、殆んど白昼はくちゅうと変らない明るさであった。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
神父はおごそかに手を伸べると、後ろにある窓の硝子画ガラスえした。ちょうど薄日に照らされた窓は堂内をめた仄暗ほのくらがりの中に、受難の基督キリストを浮き上らせている。
おしの (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
越え 千年ちとせる 宮居が址に なづさへば ひのことごと よろづ代に らすごと 仄暗ほのくらの 高どのぬちに くすしくも 光りいませる 救世くせのみほとけ
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
透きとおる程に洗練された純美な調和を表現している美人のが、少しずつ少しずつ明るみを失って、仄暗ほのくらく、気味わるく変化して、ついには浅ましくただれ破れて
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
逢魔おうまヶ時ときという海の夕暮でした。ぼくは電燈もつけず、仄暗ほのくらい部屋のなかで、ばかばかしくもほろほろと泣いてみたい、そんな気持で、なんども、そのあまい歌声をきいていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
仄暗ほのくらい杜を出ると、北上川の水音が俄かに近くなつた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
品夫は作りつけの人形のように伏せていた長いまつげを、静かに二三度上下うえしたに動かすと、パッチリと眼を見開いた。そうして黒い瞳を空虚うつろのようにみはりながら、仄暗ほのくらい座敷の天井板を永い事見つめていた。
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)