“しやほん”の漢字の書き方と例文
語句割合
写本100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
是(これ)が写本(しやほん)の十号(がう)に当(あた)るので、表題(ひやうだい)は山田(やまだ)が隷書(れいしよ)で書きました、之(これ)に載(の)せた山田(やまだ)の小説が言文一致(げんぶんいつち)で、私(わたし)の見たのでは言文一致(げんぶんいつち)の小説は是(これ)が嚆矢(はじめ)でした
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
余二十年前丸山氏の家に遊笻(いうきよう)をとゞめし時、祖父が宝暦の頃の著述(ちよじゆつ)也とて、越後名寄(なよせ)といふ書(しよ)を見せられしに、三百巻自筆(じひつ)の写本(しやほん)也。名寄とはあれど越後の風土記(ふどき)なり。
此(こ)の写本(しやほん)の挿絵(さしゑ)を担当(たんたう)した画家(ぐわか)は二人(ふたり)で、一人(ひとり)は積翠(せきすゐ)(工学士(こうがくし)大沢三之介(おほさはさんのすけ)君(くん))一人(ひとり)は緑芽(りよくが)(法学士(はうがくし)松岡鉦吉(まつをかしやうきち)君(くん))積翠(せきすゐ)は鉛筆画(えんぴつぐわ)が得意(とくい)で、水彩風(すゐさいふう)のも画(か)き、器用(きよう)で日本画(にほんぐわ)も遣(や)つた
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
右の写本(しやほん)を一名(いちめい)に付(つき)三日間(みつかかん)留置(とめおき)の掟(おきて)で社員へ廻(まわ)したのです、すると、見た者は鉛筆(えんぴつ)や朱書(しゆがき)で欄外(らんぐわい)に評(ひやう)などを入れる、其評(そのひやう)を又(また)反駁(はんばく)する者が有るなどで、なか/\面白(おもしろ)かつたのであります
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)