頬被ほおかむ)” の例文
袖垣そでがきのあたりの萩叢はぎむらを割って、ぬうッと、誰やら頬被ほおかむりをした男の影が、中腰に立ち、こなたの書院の明りに、顔をさらして見せた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
太郎は大きいあくびをしてから、のろのろ答えた。おれは酒が好きだから呑むのだよ。そんなに人の顔を見るなよ。そう言って手拭いで頬被ほおかむりした。
ロマネスク (新字新仮名) / 太宰治(著)
一同はその教えられた通りにまたもや一里半ほど進むと、今度は頬被ほおかむりの馬士まごがドウドウと馬をいてやって来たので、もう雲巌寺も間近だろうと胸算用をしながら
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
頬被ほおかむりの中のすずしい目が、かまから吹出す湯気のうちへすっきりと、出たのを一目、驚いた顔をしたのは、帳場の端に土間をまたいで、腰掛けながら、うっかり聞惚ききとれていた亭主で
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けれど家の中にいるものの耳には、この小川の囁きも水車の音も聞えない。ただ、歌い手の歌の声に聞きほれているばかりだ。或者は懐手ふところでまま聞いている。或者は頬被ほおかむりをした儘聞いている。
越後の冬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
けちン坊で、不妊症のこの田舎女房は、青く鳥肌だった顔をしょッちゅう戸外へむけていて、馬をっぱった頬被ほおかむりや、自転車に乗った百姓達を見ると、顔色とまるで反対な声を出して——一寸ちょっと
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
コックリと点頭てんとうして是認した彼の眼の中には露がうるんで、折から真赤に夕焼けした空の光りが華〻はなばなしく明るく落ちて、その薄汚い頬被ほおかむりの手拭、その下から少しれているひたいのぼうぼう生えの髪さき
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
八丈の襟をかけた藍縞あいじまのはんてんに、虱絞しらみしぼりの手拭てぬぐい頬被ほおかむりをしているので人相は分りませんが、ふいと腕ぐみを解いてそこへ寄って来ると
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜、村のひとたちは頬被ほおかむりして二人三人ずつかたまってテントのなかにはいっていった。六、七十人のお客であった。少年は大人たちを殴りつけては押しのけ押しのけ、最前列へ出た。
逆行 (新字新仮名) / 太宰治(著)