うつぼ)” の例文
春琴の日課は午後二時頃にうつぼの検校の家へ出かけて三十分ないし一時間稽古を授かり帰宅後日の暮れまで習って来たものを練習する。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ところが、それから二年のちにはもう私は、うつぼの乾物屋で青い紐の前掛をしていました。はや私の放浪癖が頭をもたげていたのでしょう。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
うつぼに入れて、母屋の床の間に立てかけて置きましたが、彌太郎が玩具にして困るので近頃は柱にかけて置くこともあります」
定紋つきの塗長持の上に据えたはかまの雛のわきなる柱に、矢をさしたうつぼと、細長い瓢箪ひょうたんと、霊芝れいしのようなものと一所に掛けてあった、——さ、これが変だ。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかしまだ、高津の黒焼屋の前を通ると、私は私自身の生れた家を思い出す。それから船場せんば方面やうつぼあたりには、私の幼少をしのばしめる家々がまだ相当にのこっている。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
弓のうつぼというものに似ているからの名というが、子供は久しく靱などというものを見たことがないから、幾ら発音しやすくともこの語を使わず、やはり自分たちの覚えやすい新名をこしらえた。
大神、尊を疑わせられ、千入ちいりうつぼを負い、五百入いおいりの靱を附け、また臂に伊都之竹鞆いつのたかともを取りき、弓の腹を握り、振り立て振り立て立ち出で給うと、古事記に謹記まかりある。これ弓箭の根元でござる
弓道中祖伝 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ようやく金で関所を越えて、かゞぞへ出て小豆沢あずきざわ杉原すぎはらうつぼ三河原みかわばらと五里少々余の道を来て、足も疲れて居ります。ことに飛騨は難処なんじょが多くて歩けませんから、三河原の又九郎またくろうという家に宿を取りました。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
山狩り用のうつぼ竹箙たけえびらに僅かの矢を入れて集った。
菜摘邨来由なつみむららいゆ」と題する巻物が一巻、義経公より拝領の太刀たち脇差わきざし数口、およびその目録、つばうつぼ陶器とうき瓶子へいし、それから静御前よりたまわった初音はつねつづみ等の品々。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
恐らく母屋の床の間にうつぼがあつた頃、眞矢を一本拔いて來て、彌太郎の玩具にして置いたものでせう。
太刀、脇差、うつぼ等を手に取って見るのに、相当年代の立ったものらしく、殊に靱はぼろぼろにいたんでいるけれども、私たちに鑑定かんていの出来る性質のものではない。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
小さいうつぼに入れた矢が五六本、羽も大方蟲喰ひになつて居りますが、不思議なことに、矢も弓も古い乍ら埃を拂つて、今直ぐでも使へるやうになつて居るのは、老人が時々若い時のことを思ひ出して
春松検校の家はうつぼにあって道修町の鵙屋の店からは十丁ほどの距離きょりであったが春琴は毎日丁稚でっちに手をかれて稽古に通ったその丁稚というのが当時佐助と云った少年で後の温井検校であり
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)