退嬰たいえい)” の例文
閑寂をもとめ平淡を愛しながら、なお決して世を離れるような退嬰たいえい的な態度をとらしめるに至らなかった所以ゆえんはここにあると私は思う。
左千夫先生への追憶 (新字新仮名) / 石原純(著)
文芸に対するこのような解釈は、私には少しも退嬰たいえい的なものとは考えられない。かえって非常に、健全なもののように思われる。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
日本は今日の財力を守って孤島に退嬰たいえいし、果してく無限に繁殖するその人口を維持する事が出来ようか。所詮しょせん不可能である。
三たび東方の平和を論ず (新字新仮名) / 大隈重信(著)
それはまさしく幻滅と萎微いびと沈滞と無目的と退嬰たいえいと窒息……等々にとざされた灰色の一時代であった。出口はどこにもない。
なぜと云うに、しやねてことわって見たい情はあるとしても、卑怯ひきょうらしく退嬰たいえいの態度を見せることが、残念になるにまっているからである。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
奉仕のあとが近代的でなく、又如何にも消極的で、退嬰たいえい主義のところがあるのは、まったく欠点であるというて可い。
僧堂教育論 (新字新仮名) / 鈴木大拙(著)
左右田博士は「文化主義の論理」という論文の中で「あるいはあるがままの状態に妥協をなして惰眠をむさぼらんとする保守主義、退嬰たいえい主義、凡俗主義、常識主義、 ...
婦人指導者への抗議 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
ことに秀吉の軍略に先手先手と斬捲きりまくられて、小田原の孤城に退嬰たいえいするを余儀なくされてしまって居る上は、籠中ろうちゅうの禽、釜中ふちゅうの魚となって居るので、遅かれ速かれどころでは無い
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
私が平次、八五郎を書くと、回顧的だとか退嬰たいえい的だとかいわれるが、それは間違いで、江戸のもつたしなみとか、江戸の所作とか、江戸の郷愁ノスタルジアとか、これを忘れてはいけない。
平次放談 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
世界無比の軍隊を有する日本民族が、どれだけの軟弱、退嬰たいえい外交を続けて来ました事か。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
退嬰たいえいを悲しむうちはまだ脈があります。退嬰を詩に味わうようになったらおしまいです
ガルスワーシーの家 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
万事に旧弊で退嬰たいえい的な人ではあったが、近来上方舞が時勢に取り残されて行くのを見ては流石さすがにじっとしていられず、機会があれば東京へ打って出ようと云う考が動いていたこと。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
故にこの恐怖の吾人に要求する所は、躊躇にあらず、顧慮に非ず、因循に非ず、退嬰たいえいに非ず、自失の予感に非ず、小成の満足に非ずして、実に完全なる努力の充実を促がすの戒心なり。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
兄の年と共に保守的な、いや退嬰たいえい的ですらある身の処し方は、いま知ったわけでもない。で、これ以上論争する心にもなれず、胸中の火を、ぶつけてみる気にもなれなかったものらしい。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、墺海軍は依然として、退嬰たいえいそのもののごとく自港の奥に潜んでいた。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
日本の歴史は少年のころよりわたくしに対しては隠棲といい、退嬰たいえいと称するが如き消極的処世の道を教えた。源平時代の史乗しじょうと伝奇とは平氏の運命の美なること落花の如くなることを知らしめた。
西瓜 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ややもすれば退嬰たいえい保身に傾かんとする老齢の身を以て、危険を覚悟しつつその所信を守りたる之等の人々が、不幸兇刃きょうじんに仆るとの報を聞けるとき、私はい難き深刻の感情の胸中に渦巻けるを感じた。
二・二六事件に就て (新字新仮名) / 河合栄治郎(著)
俳句において代表されている「さび」の感覚などのうちに退嬰たいえいし、徳川末期に到っては身分制に属しながら実力はそれを凌駕している町人階級の文学としてそこでだけは武士の力がものをいわぬ遊里
私たちの建設 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
というきわめて退嬰たいえい的な考えも、一応吟味してみる必要がある。
動力革命と日本の科学者 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
その物質生活を退嬰たいえいし得るだけ退嬰せよ、飢えた動物のように如何なる不味まずい物でも取って露命だけをつなげというに等しい施設は愛をも聡明をも欠いた非人道的な施設だと思います。
婦人指導者への抗議 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
何事にも退嬰たいえい的な本家が、女の洋行などと云うことを簡単には許しそうにもないので、又駈落かけおちでもされたら大変であるから、———と、多少おどかすような意味合で話して貰う、と云う訳であった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)