近眼ちかめ)” の例文
近眼ちかめの夫人は、勝ち誇つたやうに、居合はす夫人達の顔を見比べた、皆は急に蝋燭をともしたやうに明るい晴れやかな表情をした。
私が大きな楡の樹蔭の三階で、段々近眼ちかめに成りながら、緩々と物を書き溜めて居るうちに、自然は確実な流転を続けて居ります。
C先生への手紙 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
近眼ちかめの人には、たとへ眼鏡の代りに警察部長の乗る馬車の輪を鼻に掛けたところで、それがいつたい何者なのか見分けることは出来なかつたらう。
近眼ちかめのせいか眼鏡をかけて、絶えず驚いている。年は五十くらいだから、ずいぶん久しい間世の中を見て暮したはずだが、やっぱりまだ驚いている。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けばが破れて、じとじとでしょう、弱ったわね、課長さん。……洋服のもっ立尻たてじりを浮かして、両手を細工盤について、ぬッと左右の鯰髯なまずひげ対手あいて近眼ちかめだから似合ったわ。
かくかの神のかたち、わが近眼ちかめをいやさんとて、われにこゝちよき藥を與へき 一三九—一四一
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
近眼ちかめの文学士は、僕の手帳を、近々と目によせて、一目見たかと思うと、実に不思議なことには、黒川先生と同じ様に、何かギョッとした様子で、急いでそれを閉じてしまった。
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ここらでも名代なだいの貧乏寺さ。いくら近眼ちかめの泥坊だって、あの寺へ物取りにはいるような間抜けはあるめえ。万一物取りにはいったにしても、坊主も虚無僧もみんな屈竟くっきょうの男揃いだ。
昼間、仕事が出来ると、近眼ちかめにも大変いいのだけれども、昼間はひとがみんな起きているから、つい何もしないで遊んでしまう。忙がしくって困っても、友達が来ると遊んでしまう。
生活 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「親は何故なにゆえに吾々を生みたるや」ナンテいう余計な事を、一生懸命に考え詰めて、何でもカンでも理窟に合わせてしまわないと鳥目だの、近眼ちかめだの、神経衰弱になる位、熱心な奴ならイヨイヨ上等だ。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
目の先ばかり見える近眼ちかめどもを相手にするな。そこでその死なぬはずのおれが死んだら、お許しのなかったおれの子じゃというて、おぬしたちをあなどるものもあろう。おれの子に生まれたのは運じゃ。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
八兵衛 近眼ちかめ
小さな鶯 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
近眼ちかめにて
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
新渡戸博士が自分の近眼ちかめと性慾の自己満足を結びつけて、深く後悔してるのはい事だが、世の中には近眼者ちかめといつても沢山たくさんる事だし
その近眼者ちかめが皆が皆まで博士のやうな「良心」を持合せてゐまいから、たつ近眼ちかめを恥ぢよと言つた所でさう/\恥ぢもすまい。
といふので、近眼ちかめ書肆ほんやは慌てて膝頭から尻の周囲あたりを撫でまはしてみたが、そこには鉄道の無賃乗車券らしいものは無かつた。
しからん、一きれ位僕にも裾分けしたつてよかりさうなもんぢやないか」と近眼ちかめの銀行員がそばにゐる助教授の耳許でぼやいた。
矮身せいひくで、おそろしく近眼ちかめな、加之おまけに、背広のせなをいつも黄金虫こがねむしのやうにまろめてゐた良人をつとに、窮屈な衣冠を着けさせるのは、何としても気の毒であつた。
そばにゐた近眼ちかめある夫人は、エエド氏の顔を眼鏡越しにじろりと見ながら言つた。