蝋細工ろうざいく)” の例文
そのかわりにペンキ塗りの思想や蝋細工ろうざいくのイズムが、新開地の雑貨店や小料理屋のように雑然と無格好ぶかっこうに打ち建てられている最中に
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
まるで何か美しい蝋細工ろうざいくが動いているみたいだし、こうのぞき込んでると、わたしだって、この可愛いえりくびへ食いつきたくなっちまう。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そばへ寄って触ってみると、白象は蝋細工ろうざいくに綿を着せたもので、恰好は出来ておりますが、上に乗った普賢菩薩の、優れた尊像とは似も付かぬ誤魔化ごまかし物です。
しなくなした前垂まえだれがけの鶴さんや、蝋細工ろうざいくのように唯美しいだけの浜屋の若主人に物足りなかったお島の心が、小野田のそうした風采ふうさいに段々惹着ひきつけられて行った。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ちょうど蝋細工ろうざいくの新婦の人形があって、首筋をあらわにしオレンジの花を頭につけ、窓ガラスの中で二つのランプの間にぐるぐる回りながら、通行人に笑顔えがおを見せていた。
讓は何時いつの間にか土間どまへ立っていた。背の高い蝋細工ろうざいくの人形のような顔をした、黒い数多たくさんある髪を束髪そくはつにした凄いようにきれいな女が、障子しょうじ引手ひきてもたれるようにして立っていた。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
人がはいって来たので、そっちのほうへ向けたお高の顔は、蝋細工ろうざいくのように澄んで、生気がなかった。口のまわりに、このあいだまでなかったしわのようなものが、かすかにできかけていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そのとき、三千子の眼は、素早く或るものにそそがれた。それは、奥から番号札を押し出した変に黄色い手であった。それはまるで、蝋細工ろうざいくの手か、そうでなければ、死人しびとの手のようであった。
鬼仏洞事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
之程生々した・美しい蝋細工ろうざいくの面を未だ見たことがない。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ある町のかどをまがって左側に蝋細工ろうざいくの皮膚病の模型を並べた店が目についた。人間の作ったあらゆる美しくないものの中でもこれくらい美しくないものもまれである。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
臨終の間際に、あれをと、お前の母親が、柱の隠し穴から取りださせたものを、細い蝋細工ろうざいくみたいな手にふるえながら持った。白蛇はくじゃのどをおさえるようにつかんでいた。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秀夫は何人だれか他の人に云っているだろうと思ったが、それでも顔を向けた。と、牡蠣船の姝な女が立っていた。それはたしかに見覚みおぼえのある蝋細工ろうざいくのような姝な顔をした女であった。
牡蠣船 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
きょうは復活祭オステルンだという。朝飯の食卓には朱と緑とに染めつけたゆで玉子に蝋細工ろうざいくうさぎを添えたのが出る。米国人のおばあさんはろうとは知らずかじってみて変な顔をした。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
加山耀蔵ようぞうのふたりの同心の悪闘——そして名月の夜更けに闇から明るみへ出た花のごとき妙齢の死骸——ふしぎな彼女の死笑靨しにえくぼ——おまけに蝋細工ろうざいくの欠けたように左手の人さし指がない
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
細い、蝋細工ろうざいくみたいな指が、何ものかを、宙に探った。トム公の髪の毛をつかんだのである。片方の手には、豆菊の背をつよく抱えよせて、異様な、泣くとも歓喜ともつかない声を、のどから発した。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あ。あの蝋細工ろうざいくの亀八で」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)