蒼惶そうこう)” の例文
逗子に滞在してゐる宏が驟雨に逢つて蒼惶そうこうとして門をくぐつたので、丁度いいといふ事になり、三人で扇ヶ谷遠征となつたのである。
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
そこらの軒並びを覗き歩いて、うろついていた又八坊は、蒼惶そうこうとして、油蝉のような顔した雲水さんの前へ来て、つむりを下げた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小路を抜けて遠くの方へ蒼惶そうこうと逃げて行く女流詩人の姿がひらひらとなびいて見える。玄竜はけらけら笑いながらがに股を懸命に泳がせて意地悪く追いかけ始めた。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
読者が怒らないうちに、すぐ後を続けなければならぬと思い、蒼惶そうこうとしてまたペンを取上げた。
軍用鼠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は財力もきるといっしょに白痴はくちのようになって行衛ゆくえ知れずになった。「赫耶姫かぐやひめ!」G氏は創造する金魚につけるはずのこの名を呼びながら、乞食こじきのような服装ふくそうをして蒼惶そうこうとして去った。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私の前にまだ二三人残つてゐた患者が、一人減り二人減りして最後の一人になつた時、私はます/\強く打ち出した心臓の鼓動を抑へて、蒼惶そうこうとして階段を駈け下り、夢中で戸外へ逃げてしまつた。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
辰之助は蒼惶そうこうと去った。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「かしこまりました」城主の命である、奉行の藤木権之助も、大工棟梁の大膳も、色を失って、蒼惶そうこうと立ちかけた。すると
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
内地へ来て以来かれこれ十年近くなるけれど、ほとんど毎年二三度は帰っている。高校から大学へと続く学生生活の時分は、休暇の始まる最初の日の中に大抵蒼惶そうこうとして帰って行った。
故郷を想う (新字新仮名) / 金史良(著)
とばかり、蒼惶そうこうとして供揃ともぞろいの用意をさせ、玄堂を案内に、自身は徒歩かちで、一挺の塗駕ぬりかごを清掃して早々迎えに出向く。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蒼惶そうこうと、彼が参内するとまもなく、景陽楼の鐘が鳴り、祗候しこうには、ぞくぞくと、文武の群臣があつまった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、蒼惶そうこうとして奥へはいり、社家の雑掌ざっしょう舎人とねりを集めて、何か鳩首して相談をこらしているらしく思われる。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とまれ釣針を抜けた魚みたいに、蒼惶そうこうとして、この日、こうを渡って北京の空へと先に帰り去ってしまった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
城内で羽振はぶりのきく若公卿に取り入ろうと胸算むなざんをとったが、それもあまり支配者を出しぬく形になるので、とにかく蒼惶そうこうとして起き抜けに代官屋敷へやってきたわけ。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
にわかに蒼惶そうこうとした気持で、桐井角兵衛は使いをもって、このことを城内の三位卿に知らせてやると、その有村は、きのう山支度をして、かねて望んでいた剣山の踏破に出かけてしまったという返辞。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「何事やらん?」と、ばかりに、蒼惶そうこうとして、閣に詰め合った。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)