しき)” の例文
女の見た男は非常に疲れていたし又はなはだしい苛苛した表情で、何かしきりに考え詰めているような鬱陶しい歩みをつづけていたのである。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
と見ればあと小舎こやの前で、昇が磬折けいせつという風に腰をかがめて、其処に鵠立たたずんでいた洋装紳士のせなかに向ッてしきりに礼拝していた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
この時、「荒城臨古渡 落日満秋山」の感慨しきりにうごくといへども、あにさばかり意気の銷沈したるものあらんや。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
其側に屋根や背後を熊笹で囲った大きな小屋が谷に向けて建ててある。何という好い野営地であろう。三人は荷を卸して四辺を見廻しながらしきりに喜んでいた。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
湖処子を崇拝する人々にしてしきりに彼の純潔を言ふ者あるは好し、然れども余は彼の純潔が情熱の洗礼を受けたるものにあらざるを信ずるが故に、美しき純潔なりと言ふを許さず。
情熱 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
アフリカで鱷神が高僧にく時言語全く平生に異なりしきりに水に入らんと欲し、河底を潜り上って鱷同然泥中に平臥するがごとし(レオナード著『ラワーニゲルおよびその民俗篇エンド・イツ・トライブス』二三一頁)
これは無論親父には内証だつたのだが、当座はしきつて帰りたがつた娘が、後には親父の方から帰れ帰れ言つても、帰らんだらう。その内に段々様子が知れたもので、侍形気かたぎの親父は非常な立腹だ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ト大声を揚げさせての騒動、ドタバタと云う足音も聞えた、オホホホと云う笑声も聞えた、お勢のしきりに「引掻ひっかいておりよ、引掻て」ト叫喚わめく声もまた聞えた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
私は頭の中で目の前の岩を相手にして、しきりに手懸りや足懸りを探しながら岩登りの稽古をしていた。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
イワーノウナはなんだかうれしくてたまらなくなつたとえて一週間前いつしうかんぜん大喧嘩おほげんくわしたことわすれちまつてア………フ………をんで咖啡こうひいなんぞを馳走ちそうしながらしきりにいろんな餘計よけいけちやア亭主ていしゆ自慢じまんをする
罪と罰(内田不知庵訳) (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
十八世紀の始め頃欧州で虚栄に満ちた若い婦女が力なき老衰人に嫁する事しきりなりしを慨し、閹人の種類をことごとく挙げて、陽精涸渇こかつした男に嫁するは閹人の妻たるに等しく何の楽しみもなければ
しまた無礼を加えたら、モウその時は破れかぶれ」ト思えばしきりに胸がなみだつ。しばらく鵠立たたずんでいて、度胸をえて、戦争が初まる前の軍人の如くに思切ッた顔色がんしょくをして、文三は縁側へめぐり出た。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)