船尾とも)” の例文
「ええと、それから大砲が二門、船首へさき船尾ともとに備えつけてあった。それも尋常な大砲ではない。そうだ、やっぱり南蛮式であった」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
船尾ともの方にぽつつり一つついてゐる灯火、それを波が揉むやうに動かすと共に、えいしよえいしよといふ船頭達の懸声が闇に響きわたつてきこえた。
島からの帰途 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
甲板には舵手だしゅ一人っきりしかいないんだ。それにね、うまいことがあるんだよ。ボートが船尾ともにつなぎっぱなしになっているんだ。オールもちゃんとついている。
新宝島 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
若者はもう水の中へ飛びこんで、肩で船尾ともの方を押しながら、蘆の發生してゐる中の船小屋の方へ、船を進めて行つた。私はこの小屋へ船の入らないうちに、蘆の根元へ飛び降りた。
霧の旅 (旧字旧仮名) / 吉江喬松(著)
……渚に引き上げられた破船の船尾ともや潮で錆びた赤い浮標ブイの上を、たくさんの鴎が淋しそうに飛び廻っています。……鴎にも故郷がない。……海も故郷ではない、おかも故郷ではない。
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「うむ、ガラ空きだ。おれは船首へさきも、船尾ともの方も、上から下まで探した。大きな声で呼んでみた。けれどだアれもいやしない。かじにも、帆檣ほばしらにも、甲板の何処にも、まるで人がいないんだ」
幾夜ともなく船尾ともに目の疲れるのも気に懸けず。
船尾ともへよろよろ ヨーイトサ)
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
水脈みおに引かれて水死人らしい男の、丸太のような身体が浮き沈みしながら、船尾ともから一間ほどの水面を、船の方へ従いて来ていた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
風が稍々やや追手おひてになつたので、船頭は帆を低く張つて、濡れた船尾ともの処で暢気のんきさうに煙草を吸つて居る。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
船尾ともの方に坐っている。青い頭の小法師である。年はようやく十四、五らしい。可愛い腰衣こしごろもをつけている。帆をあやつっているのである。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
兄の方の少年は、蚊帳かやの中にはいつても、容易に眠られなかつた。眼が冴えて仕方がなかつた。かれは船を漕いで居る船頭の船尾ともの処に行つて、黙つて暗い水を眺めて立つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
腕組みをして船尾ともの方に立って、面白くも何んともありゃアしないと、そういったような顔をしていた、団八が憎さげに罵った。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
船頭はかついで来た艫を舟の中へ横へたが、そのまゝ船尾とものところに立つて、水に浮ばせるために頻りに舟を押し立てた。しかし、泥に深く入つてゐる舟は、容易には動かなかつた。
ある日の印旛沼 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
船尾ともの積み荷の蔭に坐り、ぼんやりあたりを見廻していた、郡上平八のそばまで来ると、ふとその武士は足を止めた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『さうですな。』まだ比較的若い船頭は、船尾とものところで徐かに綱を解いてゐたが、仰ぎ見るやうにして、『何しろもうお天道さまがあんなところにゐますからな。暮れますな? 何うしても……』
船路 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
筏船は駸々しんしんと走って来る。歌のような帆鳴りの音がする。泡沫しぶきがパッパッと船首へさきから立つ。船尾ともから一筋水脈みおが引かれ、月に照らされて縞のように見える。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
船首へさき船尾ともとに船夫かこがいた。纐纈布のどてらを着た、若いたくましい船夫であったが、去年の初秋甚太郎を、纐纈城へさらって行った、その船夫の中の二人であった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さざなみ一つ立たないらしい。ただ一筋の長い水脈みおが船の船尾ともから曳かれていた。夜光虫の光に照らされて、それがひときわ鮮かに光り、はしる白蛇さながらであった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私はこれを眺めた刹那せつな、既に秘密の十分の九まで解決したような気持ちがした。私に何んの躊躇ちゅうちょがあろう! 独木舟まるきぶね船尾ともへ筏をつなぎそれから屋根へ這い上がった。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)