簀戸すど)” の例文
簀戸すどのかなたに、冴々と青空が、広がっている。新しい生活の最初の馴れない疲労が、ズキズキと背中や後頭部にうずいていた。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
娘は気がついたように間の簀戸すどを閉めたが、簀戸越しに見える寝姿の方が、むしろ、なまめいて庄次郎は気になった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水色の蚊帳ばかりではない、暁闇ぎょうあんばかりではない。連日の雨に暮れて、雨に明ける日の、空が暗いのだ。それが、簀戸すどを透して、よけいに、もののくまが濃い。
大家おおやっておいたくさひばりが夕暮れになるといつもいい声を立てて鳴いた。床柱とこばしら薔薇ばらの一輪揷りんざし、それよりも簀戸すどをすかして見える朝顔の花が友禅染ゆうぜんぞめのように美しかった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
簀戸すどへもたれて大胡坐あぐらの藤吉、下帯一本の膝っ小僧をきちんと揃えた勘弁勘次が、肩高だかと聳やかして親分大事と背後から煽ぐ。早くも一とおり語り終った彦兵衛、珍しく伝法な調子で
お母さんはあががまち簀戸すどをあけて話しながら敷居のそばにすわり、どうも長いことお世話でござんした、と手をついた。みんなお母さんの方を見ているのに健だけは横顔を見せてうつむいている。
大根の葉 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
それは、朱墨しゅずみろす丸硯まるすずりだった。萩の簀戸すどを突き破った硯は、箪笥たんすにぶつかって、彼女の坐っている側におどった。
夕顔の門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
簀戸すどの腰板に、観世水かんぜみずかしりになっていた。あいと白の浴衣ゆかたに、あかい帯揚げが、ちらりと、そこに動いた。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不意に嫋美たおやかな笑いこぼれ。新九郎はハッとして振り顧ると、簀戸すどの向うにいてみえた姿は、たびたび枕元へ来て、優しい言葉をかけられた寮のあるじの御方である。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
店頭みせさきは、広土間で、旅帰りを出迎えている人々や、板新道いたじんみち芸妓おんなと、八丁堀の与力が、公然と出会いをしているのや、かごかきや、馬の尻が、中仕切の簀戸すどから透いてみえる。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
城主の助右衛門は、また、城門の揚げ簀戸すどを開けさせて、あとの避難民を残りなく収容した。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
町家の隠居所でもありそうな清洒せいしゃな門を開けて、訪れると、奥で聞えていた陽気な女達の声がやんで、簀戸すどの蔭から四十前後の薄化粧うすげしょうした妻女が、何気なく出て来たらしいが
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
辷ってきた影は、しばらく、簀戸すどの外にたたずんで、中の気配をうかがっていた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
侍女こしもとである。新九郎の寝ているのを見て静かに蚊帳を払い、簀戸すどを開け払って思うさまは風を入れて立ち去った。で、彼の枕元に近い所を、人なき白帆がゆるゆるとさかのぼって行くのも見えてきた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)