白皚々はくがいがい)” の例文
いずこもただ白皚々はくがいがいの有様に候えば老生いささか狼狽仕り、たしかにここと思うあたりを手さぐりにて這うが如くに捜し廻り申候。
花吹雪 (新字新仮名) / 太宰治(著)
まだ根の堅い白皚々はくがいがいの雪原へとびだし、青空に向つて叫びたいやうな激しい思ひに駆られながら、とびまはらずにゐられないと言ふのである。
気候と郷愁 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「なが/\と」の句は、雪の原は一面に白皚々はくがいがいとしているがその中に長々と一筋の川が流れていてそこだけ色が違っているというのであります。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
またロシアのある地方で牧牛が白皚々はくがいがいたる雪の強い光のため眼病を起すのを防ぐとて一種の眼鏡をかけさせた話がある。
話の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
が、如何せん、越前の山野は、鬼将軍の夜も鏘々しょうしょうと鳴る心事に反し、十月末はもう白皚々はくがいがいの雪、意はうごかし得るも、軍はうごかすよしもない。折から
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも倒れているその周り、時ならぬ胡粉の雪の白皚々はくがいがいへはベットリながれている唐紅からくれないの小川があった。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
浅草観音堂としいちを描くに雪を以てし、六花りっか紛々ふんぷんたる空に白皚々はくがいがいたる堂宇の屋根を屹立きつりつせしめ
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
白皚々はくがいがいたる御嶽山は、暮れ行く夕陽に照らされて、薄紅の瑪瑙めのうのように深碧しんぺきの空にそびえている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その間には初終駒ヶ岳の白皚々はくがいがいたる残雪を有している雄姿を仰いで、すこぶる壮快の感じがする、道は楽ではあるが樹木の影がないから、日中に登るを避けてなるべく早朝に嶺上に達するがよい
平ヶ岳登攀記 (新字新仮名) / 高頭仁兵衛(著)
41 船は白皚々はくがいがいたる雪に埋もれていたではないか!
氷れる花嫁 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
またもや谷は静寂しずけさに返り、鳥の啼く声さえも聞こえない。畳々じょうじょうと重なりすくすくと聳えた山という山は皆白く、峰という峰も白皚々はくがいがいと空の蒼さに溶けもせず静寂の谷間を見守っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すべてがいま白皚々はくがいがいの雪にうづもれ、あらゆる車窓にせまるものが、ただ単調な雪原だつた。そして小川のあるたびに、その両岸のはんの木の並木が裸の枝をむなしく冬空へ撒いてゐる。
里の二月は紅梅こうばいのほころぶころだが、ここは小太郎山こたろうざんの中腹、西をみても東をながめても、駒城こまぎの峰や白間しらまだけなど、白皚々はくがいがいたるそでをつらねているいちめんの銀世界で、およそ雪でないものは
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
出て来いと念じて、次第に心魂朦朧もうろうとして怪しくなり、自分は本当に人魚を見たのかしら、射とめたなんて嘘だろう、夢じゃないか、と無人の白皚々はくがいがいの磯に立ってひとり高笑いしてみたり、ああ
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しかるに今は冬の最中もなか、草木山川白皚々はくがいがい、見渡す限り雪であった。自然はことごとく色を変えた。しかし再び夏が来れば、また緑は萌え出よう。だが甚三は帰って来ない。遠離茫々えんりぼうぼう幾千載。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さるにても、偉大なる煩悩将軍ぼんのうしょうぐんではある。彼の如き鬼傑きけつでも、わがへの愛には、この三千余騎を具してもなお、敵の哨兵の眼さえ恐い。白皚々はくがいがいの天地をよぎる一羽のこうの影にさえ胸がとどろく。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして林を馳け抜けると、たちまち、一眸ただ白皚々はくがいがいたる原野へ出た。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白皚々はくがいがいたる雪の夕暮れ。一丁の駕籠が捨てられてある。駕籠の中には老人がいる。露出したはらわた。飛び散っている血汐。怨みに燃えている老人の眼! それは人間の幽霊でありまた幽霊の人間である。
北斎と幽霊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)