牙彫げぼり)” の例文
「もう一つ、三日前に八五郎が、この脇差と牙彫げぼりの根付を一つ、十両で吉三郎に売ったそうだ。少しわけがあって、それを返して貰いたいんだが」
そのとき、彼のこころに、ふッと、浮んだのが、浅草田圃に、牙彫げぼり師らしく隠れ棲んでいる、あの闇太郎のことだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
骨組みのたくましい、筋肉が一つびとつ肌の上から数えられるほど、脂肪の少い人で、牙彫げぼりの人形のような顔にみをたたえて、手に数珠ずずを持っている。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
駄肉があるということは、まだこなせるということだ、牙彫げぼりから木彫に入った人の作には駄肉があって、それがいけないということをよく言っていた。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
薄暗き硝子ガラス戸棚の中。絵画、陶器、唐皮からかは更緲さらさ牙彫げぼり鋳金ちうきんとう種々の異国関係史料、処狭きまでに置き並べたるを見る。初夏しよかの午後。遙にちやるめらの音聞ゆ。
長崎小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
牙彫げぼりのやうな円くつめたい腕を高々とさし伸べ、しなやかな指につまみ上げた金と銀との盃に、日光の芳醇なしたたりを波々と掬ひ取らうとするこの花の姿には
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
一人、骨組の厳丈がっちりした、赤ら顔で、疎髯まだらひげのあるのは、張肱はりひじに竹の如意にょいひっさげ、一人、目の窪んだ、鼻の低いあごとがったのが、紐に通して、牙彫げぼり白髑髏しゃれこうべを胸からななめに取って、腰に附けた。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
木彫きぼりか、牙彫げぼりか、何だろうと、ちょっとその材料の点にまで頭を使って見たようですが、なお決して、伊太夫は、それに近づいてコツコツと叩いてみるような無作法には及びませんでした。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
父と時々往来していた牙彫げぼりの旭玉山さんのところの無尽講にも、誰かに頼まれて行って当てたことを覚えている。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
僕の乗った舟を漕いでいる四十恰好がっこうの船頭は、手垢てあかによごれた根附ねつけ牙彫げぼりのような顔に、極めて真面目まじめな表情を見せて、器械的に手足を動かしてあやつっている。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
牙彫げぼり基督キリスト、(紫壇の十字架上に腕をひろげつつ)無分別むふんべつな事をしてはいけない。ふだん云つて聞かせる通り、自殺などをしたものは波群葦増はらゐその門にはひられないからね。
長崎小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
桐の小箱を取り上げて、中から、精巧な牙彫げぼりの根付を出して、じっと、灯にかざして
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
あの牙彫げぼりの根付は、たぶん抜荷を受取る手形のようなものだろう。吉三郎は仲間では三下だが、あの牙彫の手形を手前のところから見付けて持って行くと、急に頭領かしらの株を狙って、抜荷の大儲けを
当時牙彫げぼりがよく横浜に出て、非常に儲かったものだそうだが、父は自分は木彫を習ったのだからと言って遂にやらなかった。又その間に、鋳流しの蝋型ろうがたを作る仕事をした。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
その上顔は美しい牙彫げぼりで、しかも唇には珊瑚さんごのような一点の朱まで加えてある。……
黒衣聖母 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
例の堅気かたぎ牙彫げぼりの職人らしい扮装つくり、落ちつき払った容子ようすで、雪之丞の宿の一間に、女がたの戻りを待っているのだが、もう顔を見せそうなものだと思いはじめてから、四半とき、半晌
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「あの牙彫げぼりの——」