焚物たきもの)” の例文
粗末な食事にも堪え、冬の寒いなかに焚物たきものの乏しいのをもいとわず、熱心にソルボンヌの大学へ通って、物理学の講義を聞きました。
キュリー夫人 (新字新仮名) / 石原純(著)
龍泉寺の樹々も、ここの草木も、焚物たきものとして焚き尽し、立っているのは、風雨に黒くよごれた幾十りゅうかの菊水の旗ばかりであった。
日本名婦伝:大楠公夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
というのも、人間というやつが元来無精者で、腰をまげて地面から焚物たきものを拾うだけの才覚がないからさ。(エレーナに)そうじゃないでしょうか、ねえ、奥さん。
「差し上げたくはございますが、お湯を沸かす焚物たきものがございません」民弥はやっぱり相手にしない。
南蛮秘話森右近丸 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「じつにすばらしい温泉ですね、此だけのお湯を涌かすのには、余つ程焚物たきものるでせうなあ」
落語家温泉録 (新字旧仮名) / 正岡容(著)
焚物たきものも良寛さんが、自分でかきあつめて来た、松葉や枯芝である。良寛さんは、それを少しづつ、ゆつくりかまどの中へ入れてやる。ちやうどうさぎに草をべさせるやうに。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
焚物たきものの積んである小屋や、穀物の納屋、雑具小屋、その後ろは蔬菜畠そさいばたけで、裏手はよく手入れの行届いた梨や柿や葡萄や、梅、桃、杏子などの果樹がすくすくと枝をひろげている。
内蔵允留守 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
此のに包を抱えて土手へ這上はいあがり、無茶苦茶に何処どこう逃げたか覚え無しに、畑の中やどてを越して無法に逃げてく、と一軒茅葺かやぶきの家の中で焚物たきものをすると見え、戸外おもて火光あかりすから
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
お留 (それを察したやうに又うなづく。)いゝえ、どこでも焚物たきものには困るんですよ。この頃のやうに炭や薪が高くなつては、その日暮し同樣の者はまつたく凌げません。それで、實はね。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
漬物や穀類や焚物たきものや——ここへはいる時は必らずそういう蓄えを取り出しに来るのであるが、その生命いのちかては、常に途切れがちだった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして焚物たきものの中から松葉を拾つて来て、ほらよ、と鹿の仔の鼻先にさし出した。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
正面は粗末なる板戸の出入口。しものかたには土竈どがま、バケツ、焚物たきもの用の枯枝などあり。その上の棚には膳、わん、皿、小鉢、茶を入れたる罐、土瓶どびん、茶碗などが載せてあり。ほかに簑笠みのがさなども掛けてあり。
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ここ半年以上もたえて見なかった煙なども立ち昇った……城をつつむ唯一の目かくしとなる木立なども、惜し気もなくり下ろして焚物たきものにしている形跡がある。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)