溝川どぶがわ)” の例文
裏の溝川どぶがわで秋のかわずが枯れがれに鳴いているのを、おそめは寂しい心持ちで聴いていた。ことし十七の彼女かれは今夜が勤めの第一夜であった。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼らは自ら宇宙塵うちゅうじんとなるために出発したのだ”“あたら貴重なる資材と人材とを溝川どぶがわの中に捨てるようなこの挙に対し、全く好意が持てない。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
月に魅せられて、ついうかうかとさまよい出て、市中または林間田野を歩き廻り、覚えず溝川どぶがわに落ち入り、折々は死ぬるものもあるとか聞きました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
飾り屋のお雪が丸屋の嫁になるのが口惜くやしいと言って、元鳥越の丸屋からは、溝川どぶがわ一つへだてた猿屋町さるやちょうの粉屋のお光が、白装束を着て飛出したという話を——。
あるいはまた成功して虚栄の念に齷齪あくせくするよりも、溝川どぶがわを流れるあくたのような、無知放埒むちほうらつな生活を送っている方が、かえってその人には幸福であるのかも知れない。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
大和の吉野山から白山桜しろやまざくらをはじめてここへ移植した平右衛門の曽孫で、界隈きっての旧家。ひょろ松が、溝川どぶがわの中を藁馬をひきずりまわしていたころには、さんざ世話をかけた叔父さん。
顎十郎捕物帳:15 日高川 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
林のまがかどやせまいやぶのなかにかかると、はいどう、はいどう馬を止めて、ゆっくりあるかせます。あぶないはしの上でも溝川どぶがわのふちでも、ほい、ほい、いいながら、ぶじに通りぬけました。
たにしの出世 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
それから溝川どぶがわのごぼごぼいう重い音がして、男がそこをそっと通ると、暗い小路をまがった。漆のような闇がつづいた五軒目の、ぼんやりともれた電燈にまざまざと格子戸がはまっている。……。
香爐を盗む (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その頃の権田原は広い野原で、まだ枯れ切らない冬草が、武蔵野の名残りをとどめたように生い茂って、そのあいだには細い溝川どぶがわが流れていた。
半七捕物帳:60 青山の仇討 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その近く石の常夜灯の高く立つあたりのだらだら坂を下りた処がうし御前ごぜんでした。そこからあまり広くもない道を二、三町行った突当りに溝川どぶがわがあって、道が三つに分れます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
盲目めくら滅法にパクついたのでは、タスカローラの深海魚のスチューも、裏の溝川どぶがわどじょうの柳川鍋もあまり変りがなく、喰う方も喰わせる方も、まことに張合はりあいの無いことであります。
その草叢くさむらの中には、ところどころに小さい池や溝川どぶがわのようなものもあって、釣りなどをしている人も見えた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
蛇がずるずるとそこの溝川どぶがわへ這入ったかと思うと、今まではそれほどいようと思わなかった蛙が一度にがあがあ鳴出して、もぐるのもあれば、足を伸して泳ぐのもあり、道へ飛上るのもあって
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
雑司ヶ谷へゆき着いて、大久保式部の下屋敷をたずねると、さすがは千石取りの隠居所だけに屋敷はなかなか手広そうな構えで、前には小さい溝川どぶがわが流れていた。
半七捕物帳:08 帯取りの池 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
門口かどぐちには目じるしのような柳の大木がえてあって、まばらな四目垣よつめがきの外には小さい溝川どぶがわが流れていた。
以前は少し大きい溝川どぶがわのようなところにはきっと河獺が棲んでいたもので、現に愛宕下の桜川、あんなところにも巣を作っていて、ときどきに人をおどかしたりしたもんです。
半七捕物帳:10 広重と河獺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その木の下には細い溝川どぶがわが流れていた。
半七捕物帳:56 河豚太鼓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)