浮游ふゆう)” の例文
先ずここでいう上層の空気中に浮游ふゆうする塵というのは、われわれが普通に塵と呼んでいるものよりも遥かに小さいものなのである。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
怖ろしいのは、渦まくそれよりも、寸断された障碍の縄が、なお藻のように浮游ふゆうしているので、それが馬の四肢にからみつくことであった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
海上には、おびただしい油が浮びあがり、それにまじって、見るも無惨な人間の手や足などが、ぶかぶかと浮游ふゆうしている。
二、〇〇〇年戦争 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私は今朝けさあの七号室で眼を開いた時と少しも変らない……依然としてタッタ一人で宇宙間を浮游ふゆうする、悲しい、淋しい、無名の一微塵みじんに過ぎないのであった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
塔橋を渡ってからは一目散いちもくさんに塔門までせ着けた。見るに三万坪に余る過去の一大磁石いちだいじしゃく現世げんせ浮游ふゆうするこの小鉄屑しょうてつくずを吸収しおわった。門をはいって振り返ったとき
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
行方ゆくえも分かぬ、虚空こくう彼方かなたにぎらぎらと放散しているんだ。定かならぬ浮雲のごとくあまはら浮游ふゆうしているんだ。天雲あまぐもの行きのまにまに、ただ飄々ひょうひょうとただよっている……
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
無限の空間に魂が浮游ふゆうしてるようなものだ。その魂はもう他の所では生き得ないだろう。
音のない静かさのなかで、自分らの発したそれらの言葉があたりに浮游ふゆうしているかと思われた。少しの曖昧あいまいさもなくじーんと耳にひびいて、文字に書き記したほどに明瞭はっきりした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
その外に煙突の煙からはすすに混じて金属の微粒も出る、火山の噴出物もまた色々のちりを供給する。その上に地球以外から飛来する隕石いんせきの粉のようなものが、いわゆる宇宙塵コスミックダストとして浮游ふゆうしている。
塵埃と光 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ただ天然の場合は数時間かかって落ちて来る間にあれだけの発達をするのであるから、その時間だけ結晶を空中に浮游ふゆうさせる必要がある。
雪雑記 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
小野ノ連、詮索せんさくするように文麻呂の眼付、挙動をじろじろ眺めている。文麻呂は得体えたいの知れぬ興奮に、その眼は異様に輝き、なるほど、天空に向って浮游ふゆうしているかのようだ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
分解された無数の木材は濁流のままうごき出して、この大湖沼の周囲を浮游ふゆうしていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小さな子供のいる食卓の上には子供の数だけのゴム風船が浮游ふゆうしている。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
生暖かい水の中を浮游ふゆうしている夢を見初める。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「その芯になるものは通例、顕微鏡でも見えないほどの、非常に細い塵のようなものです。空気中にはそれが自然に沢山浮游ふゆうしているのです。」
「茶碗の湯」のことなど (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
藤甲の特徴は、第一水に濡れてもとおしません。第二は非常に軽いので、身体軽敏です。第三には、江を渡るにも船を用いず、藤甲の兵はみなよく水に身を浮かして自由自在に浮游ふゆうします。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)