活物いきもの)” の例文
それが好意となると、相手の所作しょさが一挙一動ことごとく自分を目的にして働いてくるので、活物いきものの自分にその一挙一動がことごとくこたえる。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
活物いきものにこの字をかぶらせたもので誰でも思い起すのは「蓑虫」である。蓑を着た如き様からかく呼んだのはいうまでもない。
蓑のこと (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
わっしだって頼まれる程の事じゃあなし、困りましたね、どうも、なんしろ活物いきものだから始末が悪かったろうじゃアありませんか。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
畢竟世の事変は活物いきものにて容易にその機変を前知すべからず。これがために智者といえども案外に愚を働くもの多し。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「俺ならどうした。女だって活物いきものだ、なぜその日に困らねえようにしておいてやらねえ。食わせりゃこっちが飼主よ、指でもしやがると承知しねえぞ!」
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
「判官としては、古今無類の仁じゃが、政治の妙機みょうきは判らぬでのう。法は活物いきもの、臨機応変に妙味があるが、越前のは理非曲直りひきょくちょく、ただ法をげない事にもっぱらで——」
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
苔が厚く活物いきものの緑がうごめいている、水草の動くのは、髪の毛がピシピシと流電に逆立つようだ。
梓川の上流 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
ここを我慢して謝罪わびがてら正直にお辰めを思い切れと云う事、今度こそはまちがった理屈ではないが、人間は活物いきもの杓子定規しゃくしじょうぎの理屈で平押ひらおしにはゆかず、人情とか何とか中々むずかしい者があって
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
が、お糸さんも活物いきもの、私も死んだ思想に捉われていたけれど、矢張やっぱり活物いきものだ。活物いきもの同志が活きた世界で顔を合せれば、直ぐ其処に人生の諸要素が相轢あいれきしてハズミという物を生ずる。即ちいきおいだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
しかし、材料が鮮魚、鮮菜という活物いきものが入った上での話である。入れるものがくたびれていたのでは、充分のものはできない。これは、なべ料理にかぎらぬ話であるが、念のため申し添えておく。
鍋料理の話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
小田のようなのは、つまり悪疾患者見たいなもので、それもある篤志な医師などに取っては多少の興味ある活物いきものであるかも知れないが、吾々健全な一般人に取っては、寧ろ有害無益の人間なのだ。
子をつれて (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
恐ろしい活物いきものは死にました。けれどもあなたは『朝の蜘蛛は悲しみ、夜の蜘蛛は喜び』と云ふ諺を御存じでせう。誰でも、朝蜘蛛を見れば悪い事のしるしとしてゐます。あの小さな雛は険呑です。
人の娘は玩具おもちゃじゃないぜ。博士の称号と小夜と引き替にされてたまるものか。考えて見るがいい。いかな貧乏人の娘でも活物いきものだよ。わしから云えば大事な娘だ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ひっきょう、社会は活世界かっせかいにして、学校に教うる者も活物いきものなれば、学ぶ者もまた活物なり。この活物の運動は、親子の間柄にてもなおかつ自由ならざるものあり。
経世の学、また講究すべし (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
小田のやうなのは、つまり惡疾患者見たいなもので、それもある篤志な醫師などに取つては多少の興味ある活物いきものであるかも知れないが、吾々健全な一般人に取つては、寧ろ有害無益の人間なのだ。
子をつれて (旧字旧仮名) / 葛西善蔵(著)