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来迎
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らいごう
ふりがな文庫
“
来迎
(
らいごう
)” の例文
旧字:
來迎
これを三尊の
来迎
(
らいごう
)
と名づけ、ものずきの人はわざわざ海上へ舟を浮かべて拝みに出ずるが、一個の月が三体に見ゆるとは実に不思議である。
おばけの正体
(新字新仮名)
/
井上円了
(著)
この生地獄の
修羅
(
しゅら
)
の場で、たった一つだけ餓鬼どもから、仏とも阿弥陀とも思われて、その
来迎
(
らいごう
)
を待ちわびられる一人の不思議な老人があった。
蔦葛木曽棧
(新字新仮名)
/
国枝史郎
(著)
その時から宮の外祖母の未亡人は落胆して更衣のいる世界へ行くことのほかには希望もないと言って一心に
御仏
(
みほとけ
)
の
来迎
(
らいごう
)
を求めて、とうとう
亡
(
な
)
くなった。
源氏物語:01 桐壺
(新字新仮名)
/
紫式部
(著)
往生したのは
天保
(
てんぽう
)
十一年×月十三日で、其の前日の十二日には
弥陀如来
(
みだにょらい
)
の
来迎
(
らいごう
)
を拝したと云われている。
女仙
(新字新仮名)
/
田中貢太郎
(著)
轍
(
わだち
)
の下に往生を遂げたら、
聖衆
(
しょうじゅ
)
の
来迎
(
らいごう
)
を受けたにも増して、
難有
(
ありがた
)
く心得たに相違ない。されば父上の御名誉も、一段と挙がろうものを。さりとは心がけの悪い奴じゃ。
邪宗門
(新字新仮名)
/
芥川竜之介
(著)
▼ もっと見る
感応
(
かんのう
)
ありて、一念の誠
御心
(
みこころ
)
に
協
(
かな
)
い、
珠運
(
しゅうん
)
は
自
(
おの
)
が
帰依仏
(
きえぶつ
)
の
来迎
(
らいごう
)
に
辱
(
かたじけ
)
なくも
拯
(
すく
)
いとられて
風流仏
(新字新仮名)
/
幸田露伴
(著)
すぐ
傍
(
わき
)
に、空しき
蘆簀張
(
よしずばり
)
の掛茶屋が、
埋
(
うも
)
れた谷の下伏せの
孤屋
(
ひとつや
)
に似て、
御手洗
(
みたらし
)
がそれに続き、並んで二体の地蔵尊の、
来迎
(
らいごう
)
の石におわするが、はて、この
娘
(
こ
)
はの、と雪に顔を見合わせたまう。
薄紅梅
(新字新仮名)
/
泉鏡花
(著)
至誠心
(
しじょうしん
)
と申候。この心の
実
(
まこと
)
にて。念仏すれば臨終に
来迎
(
らいごう
)
すという事を。一心もうたがわぬ方を。
深心
(
じんしん
)
とは申し候。このうえわが身もかの
土
(
つち
)
へむまれんとおもい。
行業
(
ぎょうごう
)
をも往生のためとむくるを。
法然行伝
(新字新仮名)
/
中里介山
(著)
地蔵の
来迎
(
らいごう
)
へ
縋
(
すが
)
る
餓鬼
(
がき
)
のように取巻いて訊ねた。
茶漬三略
(新字新仮名)
/
吉川英治
(著)
“来迎”の意味
《名詞》
死に際に仏や菩薩が迎えにくること。
「御来光」のこと。
(出典:Wiktionary)
“来迎”の解説
来迎(らいごう、浄土教諸宗では、らいこう正式な読み方は「らいこう」だが、遅くとも室町時代末からは、民衆の間では「らいごう」と発音されていたという。)とは、仏教において、念仏行者の臨終の際に阿弥陀三尊が25人の菩薩と共に白雲に乗ってその死者を迎えに来て極楽に引き取ること。その様子を描いた図様は来迎図(らいごうず/らいこうず)という。
(出典:Wikipedia)
来
常用漢字
小2
部首:⽊
7画
迎
常用漢字
中学
部首:⾡
7画
“来迎”で始まる語句
来迎図
来迎寺
来迎仏
来迎院