ひで)” の例文
池には南京藻なんきんもが浮び始め、植込みには枯木が交るやうになつた。その内に隠居の老人は、或ひでりの烈しい夏、脳溢血の為に頓死した。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「このひでりを知らんのか。お前の留守に、田圃たんぼかわいてしまう。荒町あたりじゃ梵天山ぼんでんやまへ登って、雨乞いを始めている。氏神うじがみさまへ行ってごらん、お千度せんどまいりの騒ぎだ。」
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かうした転変のにがりを啜らされて来た神職の方々にとつては、「宮守りから官員へ」のお据ゑ膳は、実際百日ひでりに虹の橋であつた。われひと共に有頂天になり相な気がする。
神道の史的価値 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
『お可久の事なら、俺は、手をひいてもいい。何も、女ひでりをしているわけじゃなし』
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも、新しい名取りの声は、ひでりの後の古沼のように惨めにもれてしまった——。
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
少しひでりがつゞくと河筋にゆとりが無いから水落が早くていけないといふ實に手前勝手をめたもので、コンナ殆んど出來ない相談といふをぼやいて一年中泣いたり笑つたり、くるしんだりして居る。
兵馬倥偬の人 (旧字旧仮名) / 塚原渋柿園塚原蓼洲(著)
ひでりの続いた夏のあとで、待ち兼ねた雨がまさしく秋のおとずれのように降りだした日の夜、八時ころと思えるじぶんに藤枝在の水守みずもりという村にある六兵衛の家をひそかにおとずれる者があった。
日本婦道記:箭竹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
時に火星現じた。この星現ずる時ひでりが十二年続いて作物出来ず、国必ず破るという。散檀寧と名づくる長者方へ辟支仏千人供養を求むるに、供養した。次に残りの千人が来るとまた、供養した。
ひでりがすれば格別、主ある女房にいい寄って、危い思いをするよりも宮川町の唄女うたいめ、室町あたりの若後家、祇園あたりの花車かしゃ、四条五条の町娘、役者の相手になる上臈じょうろうたちは、星の数ほどあるわ。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「男ひでりがしやしまいし、私は私でどうにでもやって行けるさ」
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「もっとひでれ、ひでれ……。」と、こうそらていいました。
神は弱いものを助けた (新字新仮名) / 小川未明(著)
譬へばひでる山脈の、深き谷間に暴れ狂ふ 490
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
その中には恐ろしいまでに龜裂を生じた田もあつて、あれはことしのひでり續きの結果か、いや、あれが鹽田といふものか、と汽車中の乘客が大騷ぎしたことも忘れられない。
山陰土産 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)