旅烏たびがらす)” の例文
さはあれ、呂昇はよき師をとり、それに一心不乱の勤勉と、天性の美音とが、いつまでも駈出かけだしの旅烏たびがらすにしておかなかった。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
浪人は一人ぽっちの旅烏たびがらすなので、祭りのおりには知らぬ顔で通り過ぎたが、その時は少年の素通りを許さなかった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
納屋の中からは大釜おおがま締框しめわくがかつぎ出され、ホック船やワク船をつとのようにおおうていたむしろが取りのけられ、旅烏たびがらすといっしょに集まって来た漁夫たちが
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼らは年中旅から旅、里から里へ巡り歩く旅烏たびがらすの身の上であるからか、家を持ち故郷を持つ人達よりも、かえって頼もしい心栄こころばえと侠気と義理とを持っていた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その界隈の人々が『どうせい自宅うちに居て婿どんを探しても、旅烏たびがらすのGぐらいの男が関の山じゃろうけに』
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
全体小癪こしゃく旅烏たびがらすと振りあぐるこぶし。アレと走りいずるお辰、吉兵衛も共にとめながら、七蔵、七蔵、さてもそなたは智慧ちえの無い男、無理にうらずとも相談のつきそうな者を。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それよりの一飯も如何はすべき、舌かみ切て死なん際まで人の軒ばに立つ男ならねば、今日も暮れぬる入相の鐘に、さても塒をしらぬ身は旅烏たびがらすにも劣りつべく、來るともなく行くともなく
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「君は一生旅烏たびがらすかと思ってたら、いつのにか舞い戻ったね。長生ながいきはしたいもんだな。どんな僥倖ぎょうこうめぐり合わんとも限らんからね」と迷亭は鈴木君に対しても主人に対するごとくごうも遠慮と云う事を
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夕暮よりも薄暗い入梅の午後牛天神うしてんじんの森蔭に紫陽花あじさい咲出さきいづる頃、または旅烏たびがらすき騒ぐ秋の夕方沢蔵稲荷たくぞういなり大榎おおえのきの止む間もなく落葉おちばする頃、私は散歩の杖を伝通院の門外なる大黒天だいこくてんきざはしに休めさせる。
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)