旅客たびびと)” の例文
二人は底知れぬ谷にせたり。千秋万古せんしゅうばんこ、ついにこの二人がゆくえを知るものなく、まして一人の旅客たびびとが情けの光をや。
詩想 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
落草ぬすびとども道をささへて、行李にもつも残りなくうばはれしがうへに、人のかたるを聞けば、是より東の方は所々に新関しんせきゑて、旅客たびびと往来いききをだにゆるさざるよし。
肺結核! 茫々ぼうぼうたる野原にただひとり立つ旅客たびびとの、頭上に迫り来る夕立雲のまっ黒きを望める心こそ、もしや、もしやとその病を待ちし浪子の心なりけれ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
それを聞いて、眉間尺は身をかくしたが、行くさきもない。彼は山中をさまよって、悲しく歌いながら身の隠れ場所を求めていると、はからずも一人の旅客たびびとに出逢った。
見るに三ツまたつじ此方こなたに人のて居る樣子ゆゑ何心なく通りけるには其も如何に一人の旅客たびびとあけそめ切倒きりたふされて居たりしかば三人共に大いに驚きながらも一人は死人の向ふを通りぬけあと
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
丑松の顔をながめ、細君の顔を眺め、それから旅客たびびとの群をも眺め廻し乍ら
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
あつむべからずまずしきもの旅客たびびとのためにこれをのこしおくべし
聖家族 (新字新仮名) / 小山清(著)
雪深き深山みやま人気ひとけとだえしみち旅客たびびと一人ひとりゆきぬ。ゆきいよいよ深く、路ますます危うく、寒気え難くなりてついに倒れぬ。
詩想 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
されど路傍なる梅の老木おいきのみはますます栄えて年々、花咲き、うまき実を結べば、道ゆく旅客たびびとらはちぎりて食い、そのかわきしのんどをうるおしけり。
詩想 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)