“教(おしへ)” の例文
父は静に私を諭して、つまり此(この)ごろの失策が私の稽古(けいこ)で、父の教(おしへ)より母の諭しより私の為(ため)になるのだから、よく心を沈めて考へる様(やう)にと申されました。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
同時に我が父の口にせられる孔子の教(おしへ)だの武士道だのと云ふものは、人生幸福の敵である、と云ふ極端な反抗の精神が、何時とは無しに堅く胸中に基礎を築き上げて了つた。
一月一日 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
恰(あたか)も父母(ふぼ)未生前(みしやうぜん)より小説や戯曲に通じてゐたやうに滔滔(たうたう)、聒聒(くわつくわつ)、絮絮(じよじよ)、綿綿(めんめん)と不幸なる僕等に教(おしへ)を垂(た)れるのである。すると文壇に幅を利(き)かせてゐるのは必ずしも小説や戯曲ではない。
変遷その他 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
出家(しゆつけ)のいふことでも、教(おしへ)だの、戒(いましめ)だの、説法(せつぱふ)とばかりは限(かぎ)らぬ、若(わか)いの、聞(き)かつしやい、と言(いつ)て語(かた)り出(だ)した。後(あと)で聞(き)くと宗門(しうもん)名誉(めいよ)の説教師(せつけうし)で、六明寺(りくみんじ)の宗朝(しうてう)といふ大和尚(だいおしやう)であつたさうな。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)