提革鞄さげかばん)” の例文
沢は薄汚うすよごれた、ただそれ一個ひとつの荷物の、小さな提革鞄さげかばんじっながら、あおなりで、さし俯向うつむいたのである。
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
元来汽車のうちで読む了見もないものを、大きな行李に入れそくなつたから、片付かたづける序に提革鞄さげかばんの底へ、ほかの二三冊と一所に放り込んで置いたのが、運悪うんわるく当選したのである。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「おくんな。」とつて、やぶしたをちよこ/\とた、こゝのツばかりのをとこ脊丈せたけより横幅よこはゞはうひろいほどな、提革鞄さげかばんふるいのを、幾處いくところ結目むすびめこしらへてかたからなゝめに脊負せおうてゐる。
山の手小景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
穏和おだやかな声した親仁おやじは、笹葉にかくれて、がけへ半ばしゃがんだが、黒の石持こくもちの羽織に、びらしゃらばかまで、つり革の頑丈に太い、提革鞄さげかばんはすにかけて、柄のない錆小刀さびこがたなで、松の根を掻廻かきまわしていた。
事件を引渡したと思われる——車掌がいきおいなく戻って、がちゃりと提革鞄さげかばんを一つゆすって、チチンと遣ったが、まだ残惜そうに大路に半身を乗出して人だかりの混々ごたごた揉むのを、通り過ぎざまに見て進む。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)