憤怒いかり)” の例文
とたんに左右から二つの岩が轟然と憤怒いかりの叫びを上げ、動物いきもののように衝突ぶつかって来たが、わずかに舟尾ともに触れたばかりで舟も人も無事であった。
云ふが儘に、酒が運んで来られたので、今ぐられた憤怒いかりは殆ど全く忘れたやうに、余念なく酒を湯呑茶椀であふり始めた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
結局「勝手になれ」と言ふ事になつて、信吾は言ひがたき不愉快と憤怒いかりを抱いてフイと発つた。それは午後の二時過。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
『たとへいかなる目を見ようと、いかなる人に邂逅めぐりあはうと決して其とは自白うちあけるな、一旦の憤怒いかり悲哀かなしみこのいましめを忘れたら、其時こそ社会よのなかから捨てられたものと思へ。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
ええ忌々いまいましい奴だと呟きながら、その夜はそのままにやしきへ帰ったが、さてく能く考えて見ると、あれが果して妖怪であろうか、万一我が驚愕おどろき憤怒いかりの余りに、碌々にの正体も認めず
河童小僧 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
さまざまに思いめぐらして憤怒いかりをおさえているところへ、チョロチョロと裏庭づたい、案内も乞わずに水ぐちからあがりこんで来たのが、この絶えてひさしい櫛まきお藤であったから
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ヘレンの哀しいあきらめの容子は、私の胸に堪へきれない痛みをもたらし、彼女には感じられない憤怒いかりが、まる一日私の心に燃えつゞけて、熱い大粒おほつぶの涙が、絶え間なく、私の頬にやけつくやうだつた。
ドーブレクの憤怒いかりと云うものは一通りではございませんでした。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
冬のすべては——憤怒いかり憎悪にくしみ戦慄おののき恐怖おそれ
その時、桜の大木の乱れた花の間からつと若者が現われたが、底の抜けたような力のない、それでいていかにも憤怒いかりに顫えたどこか愚かしい言葉付きで
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
信吾は、わがかたきの吉野のへやに妹が行つてゐたと思ふと、抑へきれぬ不快な憤怒いかりが洪水の様に脳に溢れた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
『たとへいかなる目を見ようと、いかなる人に邂逅めぐりあはうと、決して其とは自白うちあけるな、一旦の憤怒いかり悲哀かなしみ是戒このいましめを忘れたら、其時こそ社会よのなかから捨てられたものと思へ。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
俺が居なくなつたら奈何どうして飯を食ふだらう? と思ふと、何がなしに理由のない憤怒いかりが心を突く。
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
目は烈しい嫉妬の為に光り輝やいて、蒼ざめた御顔色の底には、苦痛くるしみとも、憤怒いかりとも、恥辱はじとも、悲哀かなしみとも、たとえようのない御心持が例の——御持前の笑に包まれておりました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
おお兄上! ごもっともにも存じます! 私に対するあなたの憎悪にくしみ、あのお方に対するあなたの憤怒いかり、ごもっともにも存じます! その上あなたは天刑病です! それに対する無限の怨恨うらみ
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それが、何か厳しく詰責でもされる様で、信吾の憤怒いかりは更に燃える。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
憤怒いかり勃然ぼつぜんと左門の胸へ燃え上がった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)