かたち)” の例文
「実は、飛んだ罪な悪戯いたずらをした奴がおりましてな。」不意を喰って愕然ぎょつと振向いたかたちのままで、ルキーンは割合平然と答えた。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
彼はかく覚めたれど、満枝はなほ覚めざりし先の可懐なつかしげに差寄りたるかたちを改めずして、その手を彼の肩に置き、その顔を彼の枕に近けたるまま
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私はお前達に話さなくちやならない——それはきつとお前達を驚かすだらう——昆虫は最後の完全なかたちになつたあとではもう大きくなる事を止めるのだ。
何の事はない、見た処、東京の低い空を、淡紅とき一面のしゃを張って、銀の霞に包んだようだ。聳立そびえたった、洋館、高い林、森なぞは、さながら、夕日のべにを巻いた白浪の上のいわの島と云ったかたちだ。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
司法主任はまるで狐につままれたかたちだ。喬介は私の方を振向いた。
デパートの絞刑吏 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
されども、おのづか見識越みしりごしならぬはあきらかなるに、何がゆゑに人目をさくるが如きかたちすならん。華車きやしやなる形成かたちづくりは、ここ等辺らあたりの人にあらず、何人なにびとにして、何が故になど、貫一はいたづら心牽こころひかれてゐたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
貫一はなにゆゑとも知らで、その念頭を得放れざるかの客の身の上をば、独り様々に案じ入りつつ、彼既に病客ならず、又我がる人ならずとば、何を以つて人をおそるるかたちすならん。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)