“大輔”のいろいろな読み方と例文
読み方割合
たゆう51.6%
たいふ16.1%
だゆう12.9%
タイフ9.7%
たいゆう3.2%
だいすけ3.2%
だいふ3.2%
(注)作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
左衛門さえもん乳母めのとといって、源氏からは大弐だいにの乳母の次にいたわられていた女の、一人娘は大輔たゆう命婦みょうぶといって御所勤めをしていた。
源氏物語:06 末摘花 (新字新仮名) / 紫式部(著)
弟には忠利が三斎さんさいの三男に生まれたので、四男中務なかつかさ大輔たゆう立孝たつたか、五男刑部ぎょうぶ興孝おきたか、六男長岡式部寄之よりゆきの三人がある。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今日の御決戦、いずれは乱軍、左候さそうらえば、それがし御陣借ごじんがりな申して、必ず、駿河の大輔たゆう殿が帷幕いばくに迫り、鉄漿首おはぐろくびを打ち取って御覧に入れ奉らんの所存。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なかなか心づかいのこまかな伊藤少輔であった証拠は、明治五年十一月三日付、そのときは工部大輔たいふ遣外副使として在米中の彼から愛妻お梅に送った手紙に、
明治の五十銭銀貨 (新字新仮名) / 服部之総(著)
そして行っても行っても思うところへ出られないようないらいらした心地で町を歩いている……ふと、途中で、文部大輔たいふに昇進したという田中不二麿に行きあう。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
応仁の乱の時、斯波家も両方に分れたとき、朝倉は宗家の義廉にそむいた治郎大輔たいふ義敏にくっついた。
姉川合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
だが、先代軍の大将、名越式部大輔だゆうがまず、橋本(浜名湖附近)の序戦にやぶれた。つづいてまた敗れ、その総なだれを初めとして、
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
例の伯父おじの右大将、式部大輔だゆう、左中弁などだけを招いて、家庭教師の大内記に命じて史記の中の解釈のむずかしいところの、寮試の問題に出されそうな所々を若君に読ますのであったが、若君は非常に明瞭めいりょうに難解なところを幾通りにも読んで意味を説明することができた。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
新田左中将義貞、子息義顕よしあき、脇屋右衛門ノすけ義助、一子式部大輔だゆう義治よしはる
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其中ソノウチ、此針のムシロの上で、兵部少輔ヒヤウブセフから、大輔タイフに昇進した。
死者の書 (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
其中、此針の筵の上で、兵部少輔ヒヤウブセフから、大輔タイフに昇進した。
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫釈迢空(著)
其中、此針の筵の上で、兵部少輔ヒヤウブセフから、大輔タイフに昇進した。
死者の書 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
「田中兵部大輔たいゆうどのは憎いお人だ。恩知らずだ」
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
織田中将信忠の兵は、すでに上諏訪かみすわから甲斐へ乱入——御被官ごひかんの一条右衛門大輔だいすけどの、清野美作せいのみまさかどの、朝日奈摂津あさひなせっつどの、山県やまがた三郎兵衛どの御子息など
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今川次郎大輔だいふ義元である。
桶狭間合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)