“劫火(ごうか)” の例文
花火のやうに空にひらいて落ちてくる焼夷弾、けれども私には地上の広茫たる劫火(ごうか)だけが全心的な満足を与へてくれるのであつた。
続戦争と一人の女 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
淡々しいように見えていてその実地獄の劫火(ごうか)のように身も心も焼き尽くすものは、初恋の人の心である。それを彼は抑えられた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
一つは獰猛(どうもう)であり、一つは曙の聖(きよ)い白色に浸り、一つは劫火(ごうか)の反映で永久に青ざめている、二つの額が、相並ぶこともあるのか。
この門前の椿岳旧棲(きゅうせい)の梵雲庵もまた劫火(ごうか)に亡び玄関の正面の梵字の円い額も左右の柱の「能発一念喜愛心」及び「不断煩悩得涅槃(ねはん)」の両聯(れん)も
いや、その中腹にくっきりと黒く、一本の肋骨のようなものが見えるだろう。それが地獄の劫火(ごうか)ほの見える底なし谷といわれている、黒い骨の「大地軸孔(カラ・ジルナガン)」。
人外魔境:10 地軸二万哩 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
これとても、御恩の姫君。事おわして、お召とあれば、水はもとより、自在のわっぱ。電火、地火、劫火(ごうか)、敵火、爆火、手一つでも消しますでしゅ、ごめん。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
劫火(ごうか)に焦げたままのあさましいその肌を日にさらし、雨にうたせているのを心細く見出すであろう。
雷門以北 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
劫火(ごうか)に家を失って忽(たちま)ち路頭に迷い、権勢を誇った武将達は、今日は捕われの身となって都大路を引かれて行く有様をみると、さながら平家物語の世界に在るような気がする。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
(まだ何もしらぬ青春の芽ばえのむかし。白河と璋子とが、われに与えたあの氷刃(ひょうじん)の思い、夜(よ)も日(ひ)もあらぬ、嫉(ねた)き劫火(ごうか)の苦しみにくらべれば。……これほどな報(むく)いは、なんでもない)
そして、「焼き亡ぼさむ天の火もがも」という句は、これだけを抽出してもなかなか好い句である。天火(てんか)は支那では、劫火(ごうか)などと似て、思いがけぬところに起る火のことを云って居る。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
そうしてついに大正十二年の劫火(ごうか)に遭(あ)って、灰燼(かいじん)に帰し去ったのである。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そうは思ってみても、今の境遇ではそのようには行かない。かれの蔵書はすべて焼けて灰になっているのである。梅花の巻に代えて劫火(ごうか)の巻が眼前に展開する。またしても寂しい思いがさせられる。
天筠居が去年の夏、複製して暑中見舞として知人に頒(わか)った椿岳の画短冊は劫火(ごうか)の中から辛(かろ)うじて拾い出された椿岳蒐集の記念の片影であった。
不思議に、一人だけ生命(いのち)を助かった女が、震災の、あの劫火(ごうか)に追われ追われ、縁あって、玄庵というのに助けられた。その妾(めかけ)であるか、娘分であるかはどうでもいい。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たった一つ地上に承った秘密の爪の跡が劫火(ごうか)にも焼かれず、盗人の手をくゞり、遂にかくして秘密の唯一の解読者の手に帰せざるを得なかったとは! その一冊の本に
アンゴウ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
殺戮(さつりく)を照らす劫火(ごうか)の巷(ちまた)とを、現出しました。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
劫火(ごうか)に焼かれて死ぬことも、いといませぬ。ただ、私には、たったひとつの願いがあります。私は笛をとり返さねばなりません。いいえ、きっと、とり返して、あのひとの手に渡してやります。
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)