刀痕とうこん)” の例文
資本主義も社会主義も有りはしない、そんなことは昼寝の夢に彫刻をした刀痕とうこんを談ずるようならちも無いことで、何も彼も滅茶めちゃ滅茶だった。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
武蔵は、脚と腕の刀痕とうこんよりも、その言葉に、ずきんと胸のいたむような顔をした。まして、そう問うこのお小僧の年頃も十三、四。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仕上げの時には、木目に従って削って木目の自然に添って刀痕とうこんが揃ってゆくという風にするのだが、本仕上げになると、刀痕もなくなって了う位に細かに削る。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
老人の髪は銀のように白く、額には斜めに刀痕とうこんがあった、……上品な眉と唇許くちもとが、その刀痕と共に老人の身分を語っているように思われた。彼はよく眠っていた。
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ぱっちりした眼が、若松屋惣七の額部ひたいを凝視していた。まゆのあいだの刀痕とうこんをめざして、両方から迫りつつある若松屋惣七の眉毛が、だんだん危険なものに見えてきていた。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それが片手に水の滴たる手桶を提げて、片手に鰻掻きの長柄を杖に突いていた。破戒無残なる堕落坊主。併し其眉毛は濃く太く、眼光は鋭く、額には三ヶ月形の刀痕とうこんさえ有った。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
そして彼が左手きであることも、種々な場合の刀痕とうこんを総括して、動かぬところと専門家の間に断定されていた。被害者は、夜のちまたをさまよう売春婦にかぎられているのである。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
彼の四世の祖が打ち込んだ刀痕とうこんは歴然と残っている。ウィリアムは又読み続ける。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その刀痕とうこんのうちには痛烈なる散文の精髄を交じえなければならない。
もうすっかりよくなったつもりでも、土を踏んで歩いてみると、左の脚の刀痕とうこんがまだいたむ。腕にうけた傷痕きずあとにも、山風がみ入るここちがする。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
刀痕とうこんの深い左膳の蒼顔そうがん、はや生き血の香をかぐもののごとく、ニッと白い歯を見せた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
例の銀のなまずかぶとに矢のあとが二ツ、鎗の柄には刀痕とうこんが五ヶ処あったという。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
実は其許そこもとのために、門人ふたりが矢矧やはぎの橋もとで、斬られたと聞いた時、てまえも駈けつけて、その死骸を見たのであったが——二つの死骸の位置と、二人のうけた刀痕とうこんとに
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
せんした左膳の隻腕、乾雲土砂を巻いて栄三郎の足を! と見えたが、ガッシ! とはねた武蔵太郎の剣尾けんびに青白い火花が散り咲いて、左膳の頬の刀痕とうこんがやみに浮き出た……と思うまに
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その耳の裏にも黒い刀痕とうこんがあり、左の手の甲にも刀傷がある。なお肌着を脱いだら幾つでも同様な刀傷が出て来そうな——見るからに近寄りがたい猛気をその顔はそなえていた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
刀痕とうこん鮮かな左膳の顔が笑いにゆがみ、隻眼が光る。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
けれどその印章の刀痕とうこんについてみれば、決して巧みなものではない。篆書の字劃も彫りも、何様、素人彫しろうとぼりの手すさびらしい稚拙が見遁みのがせない。そして材はほとんどが木印である。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
傷口は長いが、刀痕とうこんはふかくない、ただ血しおは一時おそろしく全身をよごした。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
右びたいから眼の下の頬へかけての刀痕とうこんだった。
私本太平記:06 八荒帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
男の死骸には、刀痕とうこんはなかった。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)