中音ちゅうおん)” の例文
阿闍梨あざりは、白地の錦のふちをとった円座わらふだの上に座をしめながら、式部の眼のさめるのをはばかるように、中音ちゅうおんで静かに法華経をしはじめた。
道祖問答 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
我なまじいに弓馬の家に生れ、世上に隠れなき身とて……中音ちゅうおんでうたっておいでなすったが、よくとおる声でした。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
照れかくしに左近は、若いお侍さん、小遊興こあそびのひとつもやろうというおもしろい盛りなので、意気ぶった中音ちゅうおん
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
女は男の肩に頭をぴったり寄せ掛けて、中音ちゅうおんで云った。「うそだわ。あなたが死んでしまうもんですか。もしあなたが生きていなけりゃあ、わたくしも生きてはいないわ。」
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
それから身体からだが生れ代ったように丈夫になって、中音ちゅうおん音声のどに意気なさびが出来た。時々頭が痛むといっては顳顬こめかみ即功紙そっこうしを張っているものの今では滅多に風邪かぜを引くこともない。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お爺さんは「村入」で「わしとおまえは六合の米よ、早く一しょになればよい」と中音ちゅうおんに歌うた寺本の勘さん、即ち作さんの阿爺おとっさんで、背の女児は十六で亡くなった其孫女でした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
エルリングは、俯向うつむいたままで長い螺釘ねじくぎを調べるように見ていたが、中音ちゅうおんで云った。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
諸戸は快い中音ちゅうおんで、さも快活らしく云うのだった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
これだけの色々な柔かい、優しいもののある人生をてて行かなくてはならないのが、今は別段苦痛にならない。「棄てて行くと、棄てて行くと」と中音ちゅうおん独言ひとりごとを言って見た。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
稽古本けいこぼんを広げたきりの小机を中にして此方こなたには三十前後の商人らしい男が中音ちゅうおんで、「そりや何をいはしやんす、今さら兄よいもうとといふにいはれぬ恋中こいなかは……。」と「小稲半兵衛こいなはんべえ」の道行みちゆきを語る。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
なんか歌ったもンだ、と中音ちゅうおんふしをつけて歌い且話して居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ここでは中音ちゅうおんで歌いました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
男の様子は如何いかにも自然らしく、その中音ちゅうおんで、毒にも薬にもならない事を言っているのが、やはり病気の直り掛かった人の、晴れやかな、落ち着いた心から出るらしく思われた。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)