世捨人よすてびと)” の例文
「あなたが、そんなひどい人だとは思わなかった。悟りすました世捨人よすてびとの様な顔をしていて、その実恐しい悪党だったのね」
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし、幸村自身は伝心月叟でんしんげっそう世捨人よすてびとめかして、草庵に質素な生活をしていたし、そんな莫大な金をつかう途はない。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うたむ人の方便とのみ思ひ居し戀に惱みしと言ふさへあるに、木のはしとのみ嘲りし世捨人よすてびとが現在我子の願ならんとは、左衞門如何いかでか驚かざるを得べき。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
……つぐないも捨てた。……僕は世捨人よすてびとだ。僕はたったひとりだ。僕は世間の者達からは気違いとして葬られた。都では、ただ一人の正しいものをこう呼んでいる。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
「これはこれは、先生が名に負う近藤勇殿でござったか、鬼神と鳴りひびく近藤先生のお名前、世捨人よすてびとの山僧までも承り奉る、いかで先生のお相手がつとまるべき、許させ給え」
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わか世捨人よすてびとな、これ、坊さまも沢山たんとあるではないかいの、まだ/\、死んだ者に信女しんにょや、大姉だいし居士こじなぞいうて、名をつけるならいでござらうが、何で又、其の旅商人たびあきうど婦人おんな懸想けそうしたことを
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
古来幾多の世捨人よすてびとは人間の死ということに心を置いて、樹下石上の旅にさまようた。西行さいぎょう宗祇そうぎ芭蕉ばしょうもまたそれら世捨人のあとをしとうて旅にさまようた。そうして宗祇も芭蕉も旅に死んだ。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
「折にあへば如何なる花か厭はれん時ならぬこそ見劣りはすれ」、「憂きことよ猶身に積れ老いてさへまだ世に飽かぬこころ知るべく」、かかるは如何でか無為空寂をよろこぶ世捨人よすてびとの歌ならんや。
礼厳法師歌集 (新字旧仮名) / 与謝野礼厳(著)
政子は、もうこの世捨人よすてびとの尼とはなしているのは退屈であった。山は青葉時、海も飽くまで青い、肺のなかまで青嵐に染まりそうな心地を、独りぽつねんと楽しんでいたかった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もとより、人目もまれな竹山の隠れ里に住まう、しがない世捨人よすてびと、……野山にまじりて、竹を取りながら、それで竹籠たけかごなんぞを編んでは、細々とその日その日の生計くらしにあてておりましたのじゃ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
してや瀧口殿は何思ひ立ちてや、世を捨て給ひしと專ら評判高きをば、御身は未だ聞き給はずや。世捨人よすてびとに情も義理もらばこそ、花ももある重景殿に只〻一言の色善いろよかへごとをし給へや。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
や、や、や! ではこの伊那丸いなまるが、かくまで心をくだいて、武田家たけだけ再興さいこうはかっているのに、お父上には、もう現世げんせの争闘をおみあそばして、まったく、心からの世捨人よすてびととおなりなされたのですか
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)