下風かふう)” の例文
「いや、これからは、永く貴公の下風かふうに立つよ。どうか弟だと思って、足らないところは遠慮なく叱ってくれ。けれど、お十夜……」
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五 子規しき自身の小説にはほとんど見るに足るものなし。然れども子規を長生ながいきせしめ、更に小説を作らしめん伊藤左千夫いとうさちを長塚節等ながつかたかしらの諸家の下風かふうに立つものにあらず。
病中雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
驕子きょうし良三は往々五十四万石の細川家から、十万石の津軽家に壻入する若殿をしのいで、旅中下風かふうに立っている少年のたれなるかを知らずにいた。寛五郎は今の津軽伯で、当時わずかに十七歳であった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
江戸にいれば頭梁の家で幸太の下風かふうにつくか、とびだしたところで、一生叩き大工で終るよりほかはない、それより上方へいって、みっちりかせいで、頭梁の株を買うだけの金をつかんで帰って来る
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「将軍は、世に並ぶ者なき英雄と聞いていましたのに、どうしてあんな老人をそんなに、怖れて、董卓の下風かふういているのですか」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
神品しんぴんです。元宰先生げんさいせんせいの絶賞は、たとい及ばないことがあっても、過ぎているとは言われません。実際この図に比べれば、わたしが今までに見た諸名本は、ことごとく下風かふうにあるくらいです」
秋山図 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
けれど、晁蓋の大人たいじんふう、呉用の学識、公孫勝や林冲の英気などが、自然、下風かふうに映るものか、不平などは見たくも見られない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……しかるに、何を恐れて、いま曹操の下風かふうに媚びる必要がありましょう。質子を送るは、属領を承認するも同じです。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「近江源氏といえば、頼朝公の創業下における第一の功臣。その家柄でありながら、末代、北条ずれの下風かふうにあるのは、こころよからずとしておりましょうず」
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自己の粧い、自己の存在、他人との序列にせよ、少しでも不当な下風かふうにおかれるのは、ゆるせない心理になる。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秀吉は彼らを自分の麾下きか同様にあつかい、彼らもまた、意識しつつ秀吉の下風かふうに在らざるを得なくなっていた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悩まし、われわれが徒手傍観のていにあるのは、いささか徳川家の御恥辱かと思われます。戦後までも、長く織田家の下風かふうに見られるようなおそれもありましょう
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「だまれ。よしや伊那丸ひとりになっても、なんで、柴田ずれの下風かふうにつこうや、とくかえれ、八風斎!」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もしまた、曹操に当り得るほどな実力を彼に附与すれば、なんで玄徳が、わが君の下風かふうに屈していよう。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
討たば、その軍功は当然、宇内うだい随一の勲功いさお。——いやでもこの全九州は菊池家の下風かふうに服せざるをえまい
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「二の手の中川勢はもう遥かに先を取っているぞ。中川勢におくれるな。彼らの下風かふうかれてたまるか」
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が官兵衛はなお、秀吉の下風かふうについて事を成そうなどという卑屈は毛ほども考えていないのである。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
観るに、まことに、彼は一世の英雄にちがいありません。いつまで、丞相の下風かふうについているか知れたものではない。親しき仲にも、特に、用心がなくてはかないますまい
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はははは。拙者などは、彼の下風かふうでも、あまんじましょう。しかし、あなた方には、必ず非礼のおそれが生じる。それがちと不安です。せっかく加盟のお心で臨まれ、寨上さいじょうに花を
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(いや今宵は、その互角から一歩を抜いて、柳生を、おれの下風かふうにたたき落してみせる)
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「予の心はすでに決まった。われも東呉の孫権である。いかで曹操の下風かふうにつこうか」
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、信雄卿はともあれ、徳川どのまで、そのに乗って、おめおめ秀吉の下風かふうにつき、秀吉が私慾を天下にほしいままにするのを、指をくわえて、見ているという法はござるまい。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「せっかく、呉使が来て、みずから臣と称え、魏の下風かふうに屈して参ったものですから、この際、孫権へ何か加恩の沙汰を加え、それを天下に知らしめておくのが良策ではありますまいか」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……こんな時こそ、生涯人の下風かふうにつくか上に立つかの、分れ目というものだ
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
歴然、それと見えたときは、呉も雷同して、うしおの如く、峡口きょうこうから攻め入ってくるでしょう。けれど蜀の守りが不壊鉄壁ふえてっぺきと見えるあいだは、呉はうごきません。魏の下風かふうに立つものではありません。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
みなそのどっちかの下風かふうかざるを得なくなった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)