下頤したあご)” の例文
毎年夏から秋へかけて、陽気の変り目に右の下頤したあごの虫歯が痛んで困るのであるが、昨夜あたりから少しズキズキし出したようである。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
紳士 口でな、う其の時から。毒蛇どくじゃめ。上頤うわあご下頤したあごこぶし引掛ひっかけ、透通すきとおる歯とべにさいた唇を、めりめりと引裂ひきさく、売婦ばいた。(足を挙げて、枯草かれくさ踏蹂ふみにじる。)
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
面は下頤したあごにガーンと、したたか激しい打撃を喰って、ッと叫ぶ間もなく、その場へ昏倒してしまった。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
顔の輪郭は、どちらかといえば広いほうで、下頤したあごはこころもちそりかげんなほどである。上唇は薄かったが、少し前へ突き出た下唇は二倍も厚くて、はれっぽかった。
祭文語りは惣髪そうはつを肩にかけ、下頤したあごひげを生やし、黒木綿を着て、小脇差を一本さし、首に輪宝りんぽう輪袈裟わげさをかけ、右の手に小さな錫杖しゃくじょう、左には法螺ほらの貝、善光寺縁起から
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
十文字の光が、下頤したあごからさっと鼻先をかすめて上へひらめいてゆく。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五分刈ごぶがりのなだらかなるが、小鬢こびんさきへ少しげた、額の広い、目のやさしい、眉の太い、引緊ひきしまった口の、やや大きいのも凜々りりしいが、頬肉ほおじしが厚く、小鼻にましげなしわ深く、下頤したあごから耳の根へ
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)