“はる/″\”のいろいろな漢字の書き方と例文
語句割合
遙々73.9%
遥々21.7%
渺々4.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
無論博士の心の臓は化粧箱に入れた儘、奈良の屋形やかたに残してゐるに相違なかつたが、博士は直ぐそのあとを慕つて、遙々はる/″\博多までくだつて往つた。
文「さては噂に聞いたお町を助けし熊はこれなるか、しか遥々はる/″\越後から雨をおかして此の山奥まで尋ね来て、お町で無かった日にゃア馬鹿々々しいな、うかお町であってくれゝばいが」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
かはし汝此地に來りしときゝ渺々はる/″\尋ねし甲斐かひあつ祝着しうちやくなり無念をはらす時いたれり覺悟かくごせよといひさま替の筒脇差つゝわきざしにて切かゝり互ひにおとらず切結きりむすびしが六郎右衞門がいらつて打込うちこむ脇差にて竿竹さをだけ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ち淨覺院の門前に捨子と致し右老母も死去しきよ致したるなり淨覺院先住天道存命中の遺言ゆゐごんかくの如し依て常樂院初め我々御守護申上何卒なにとぞ御世みよに出し奉らんと渺々はる/″\御供おんとも申上候なりと辯舌水の流るゝ如く滔々たう/\と申述ければ松平伊豆守殿初め御役人方おやくにんがたいづれもことばは無くたゞ點頭うなづくばかりなりしが然ば御身分の儀は委敷くはしく相分りたり此上は
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)