“猶(な)” の例文
そうして、その岩の配置に、背景の削ぎ立った懸崖に連峯に、人を威圧しながらも、猶(な)お言い知れぬ風致と雅趣に微笑んでいたのだ。
登山は冒険なり (新字新仮名) / 河東碧梧桐(著)
又、成熟した彼女の、目や脣(くちびる)や全身の醸(かも)し出す魅力を、思い出すまいとしても思い出した。明かに、彼は猶(な)お木下芙蓉を恋していた。
虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
語るに足らない人間に、期待をもって、今日まで引きずられて来た愚かさを、思い出すのもいや、口に出すのは、猶(な)お忌々(いまいま)しかった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其証拠とも云う可(べ)きは寝床の用意既に整い、寝巻及び肌着ともに寝台の傍(わき)に出(いだ)しあり猶(な)お枕頭(まくらもと)なる小卓(ていぶる)の上には寝際(ねぎわ)に飲(のま)ん為なるべく
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
『まァ、大層(たいそう)悦(よろこ)んでること』愛(あい)ちやんは然(さ)う思(おも)つて猶(な)ほも言(い)ひ續(つゞ)けました。『教(をし)へて頂戴(てうだい)な、ね、私(わたし)は此處(こゝ)から何方(どつち)へ行(い)けば可(い)いの?』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
又罪過は戯曲のみにあるべきものにして決して小説にあるべからずと言ふ者あらば、吾人は別論として猶(な)ほ其誤謬(ごびう)を駁(ばく)せんと欲するなり。
罪過論 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
大船(おほふな)を發(はつ)して了(しま)へば最早(もう)國府津(こふづ)へ着(つ)くのを待(ま)つ外(ほか)、途中(とちゆう)何(なに)も得(う)ることは出來(でき)ないと思(おも)ふと、淺間(あさま)しい事(こと)には猶(な)ほ殘念(ざんねん)で堪(たま)らない。
湯ヶ原ゆき (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
實(じつ)に非常(ひじやう)の手段(しゆだん)ではあるが、※日(くわじつ)、自動鐵車(じどうてつしや)が砂(すな)すべりの谷(たに)に陷落(かんらく)した時(とき)、君等(きみら)を救(すく)はんが爲(ため)に製作(せいさく)した大輕氣球(だいけいきゝゆう)が、今(いま)も猶(な)ほ殘(のこ)つて居(を)る。
遣ひ居て下されよと出すを久八はおし返し達(たつ)て辭退(じたい)をなしけれども千太郎は猶(な)ほ種々(さま/″\)に言ひなし漸々(やう/\)金子を差置(さしおき)つゝ我が家へこそは歸りけれ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
扨(さて)又他の一つはそれとは異なった場合であって、前のは吾が魂を以て自然境を縫った場合であるが、それは猶(な)お時間というものが存在している。
穂高岳 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それ、人類の力に限りあり、万象の学は窮(きわ)まりなし、限りあるの力を以て窮まりなきの学を講ず、終始これに従事するも猶(な)お且(か)つ足らざるを覚ゆ。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
さうした不思議は猶(な)ほこれに留(とゞま)らなかつた。貧しき者は富み、乏しき者は得、病める者は癒(い)え、弱き者は力を恢復(くわいふく)した。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
一体(いったい)の出来(でき)が面白い都会で、巴里(パリー)に遊んでその古(いにし)えを忍(しの)ぶとき、今も猶(な)お悵恨(ちょうこん)の腸(はらわた)を傷めずにはいられぬものあるが
不吉の音と学士会院の鐘 (新字新仮名) / 岩村透(著)
一人の敵を学ぶの非なるは、万人の敵を学びても猶(な)ほ失敗したる項羽すら、之を発見せり。万人の敵を学ぶは百万人の敵を学ぶに如かざればならむ。
人生に相渉るとは何の謂ぞ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
中原(ちゅうげん)、また鹿を逐(お)うて、筆を投げすてて戎軒(じゅうけん)を事とす。縦横の計(はかりごと)は就(な)らざれども、慷慨(こうがい)の志は猶(な)お存せり。策(つえ)を仗(つ)いて天子に謁(えっ)し、馬を駆って関門を出(い)ず。
面 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
為(な)すべからざるにおいてすら猶(な)おかつ為す、丈夫の本領自(おのず)からかくの如し。名を正し分を明らかにし心曾(すなわ)ち信あり、夏(なつ)を尊び夷を攘うの義豈(あ)に疑がわんや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
一面に於てその御蔭(おかげ)を蒙っていることを否む訳にはいかない——から絶えず圧迫を受けながらも、猶(な)お能(あた)う限りの保護と愛惜とを加えて居るこの雪の宝殿が
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
而(しか)シテ猶(な)ホ、コノ信神渡航者ノ一行ニハ、一人ノ貴族モナク、イハユル英雄モ豪傑モ、一人モ有ルコトナシ。
是(ここ)に於(おい)て、孫子(そんし)、使(つかひ)をして王(わう)に報(はう)ぜしめて曰(いは)く、『兵(へい)既(すで)に整齊(せいせい)す、王(わう)試(こころ)みに下(くだ)りて之(これ)を觀(み)る可(べ)し。唯(た)だ王(わう)の之(これ)を用(もち)ひんと欲(ほつ)する所(ところ)、水火(すゐくわ)に赴(おもむ)くと雖(いへど)も猶(な)ほ可也(かなり)』
期に迨(およ)びて還さざらんか、彼は忽(たちま)ち爪牙(そうが)を露(あらは)し、陰に告訴の意を示してこれを脅(おびやか)し、散々に不当の利を貪(むさぼ)りて、その肉尽き、骨枯るるの後、猶(な)ほ饜(あ)く無き慾は
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
但(たゞ)し、資本(しほん)は一面(めん)に於(お)いて猶(な)ほ大(おほ)いに國家的(こくかてき)であるから國際戰爭(こくさいせんさう)も起(おこ)り、從(したが)つて又(また)、國家的(こくかてき)社會主義者(しやくわいしゆぎしや)もあり、コスモポリタンに成(な)り得(え)ざる心理(しんり)の働(はたら)きがそこに在(あ)る。
蠅営狗苟(ようえいくこう)、羊狠狼貪(ようこんろうたん)、疾(はや)きこと飄風(ひょうぷう)の如く、烈(はげ)しきこと猛火の如し。喬家(きょうか)の子(こ)生きて猶(な)お悟らず、死すとも何ぞ恤(うれ)えん。符氏(ふし)の女(じょ)死して猶(なお)貪婬(たんいん)なり、生ける時知るべし。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼(あ)れは三浦三崎の百姓を斬ると申すので、私(わたくし)も仲へ這入って事柄を聞きますると、斬る程のことでもないゆえ、猶(な)お色々と扱いますると、終(しまい)には私(わたくし)をも斬ると申すので
曾(かつ)て寺内内閣(てらうちないかく)の議會(ぎくわい)で、藏原代議士(くらはらだいぎし)が總理大臣(そうりだいじん)から「ゾーバラ君(くん)」と呼(よ)ばれて承知(しやうち)せず、「これ猶(な)ほ寺内(てらうち)をジナイと呼(よ)ぶが如(ごと)し」と抗辯(かうべん)して一場(ぜう)の紛議(ふんぎ)を釀(かも)したことがあつた。
国語尊重 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
漸(ようや)く退院したが、猶(な)お歩行を禁ぜられ、其後、更に三週間を、とある湖畔に送って、九月二十五日に、伊太利(イタリヤ)ミラノに出て、マルセーユヘ陸行し辻村は香取丸に便乗、近藤氏は
銀杏返(いちょうがえし)もぐしや/\に、掴(つか)んで束(たば)ねた黒髪に、琴柱形(ことじがた)して、晃々(きらきら)と猶(な)ほ月光に照映(てりか)へる。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
文士ならば同業の人に対して、たとい無名氏にせよ、今少しの同情と尊敬があって然るべきだと思う。余は「土」の作者が病気だから、此場合には猶(な)お更(さ)らそう云いたいのである。
呉れぬ物が猶(な)ほ欲しくなるのは、殿様や子供の持つて生れた性分で、阿波の殿様は、望みとあらば何でも呉れてやらうから、達(たつ)て「天然研」を譲つて貰ひたいと執念(しふね)く持ちかけて来た。
硯と殿様 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
かゝりけれども猶(な)ほ一片(ぺん)誠忠(せいちう)の心(こゝろ)は雲(くも)ともならず霞(かすみ)とも消(き)えず、流石(さすが)に顧(かへ)りみるその折々(をり/\)は、慚愧(ざんぎ)の汗(あせ)背(そびら)に流(なが)れて後悔(かうくわい)の念(ねん)胸(むね)を刺(さし)つゝ、是(こ)は魔神(ましん)にや見入(みい)れられけん、有(あ)るまじき心(こゝろ)なり
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
猶(な)ほ現(うつゝ)ならぬ空事(そらごと)とのみ思ひきや、今や眼前かゝる悲しみに遇はんとは。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
本仕上げにして猶(な)お肉がいいというのを本当に良しとした。そんな点で中出来のものは一見よく見えがちなものである。父は本当に仕上げてもいい彫刻でなければ駄目だということをよく言っていた。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
風前猶剰旧夭斜 風前(ふうぜん)に猶(な)お剰(あま)す旧夭(きゅうよう)の斜(なな)めなり〕
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
余は実に驚きたれど猶(な)お合点の行かぬ所あり横鎗を入んため将(まさ)に唇頭(くちびる)を動さんとするに目科も余と同じ想いの如く余よりも先に口を開き
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
『林檎(りんご)を掘(ほ)つてるッて、眞箇(ほんと)か!』と兎(うさぎ)が腹立(はらだゝ)しげに云(い)ひました。『オイ、來(き)て助(たす)けて呉(く)れ!』(猶(な)ほ硝子(ガラス)の破(わ)れる音(おと)がする)
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
武村兵曹(たけむらへいそう)は眼中(がんちう)に無念(むねん)の涙(なみだ)を浮(うか)べて、今(いま)も猶(な)ほ多少(たせう)仇浪(あだなみ)の立騷(たちさわ)いで居(を)る海面(かいめん)を睨(にら)んで居(を)る。日出雄少年(ひでをせうねん)はいと/\悲(かな)し相(さう)に
現に盗んだところを見たのではなし又高が少しばかしの炭を盗(と)られたからってそれを荒立てて彼人者(あんなもの)だちに怨恨(うらま)れたら猶(な)お損になりますぞ。真実(ほんと)に
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
苟(いやし)くもその緩と急とを択(えら)ばず、その順序を失するあらば、一身の細事猶(な)お且つ挙らず、況んや天下大事の一たる子弟教育の事に於てをや(謹聴々々)。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
故(まこと)に此(この)二子(し)は皆(みな)聖人(せいじん)なるも、猶(な)ほ身(み)を役(えき)して世(よ)を渉(わた)る此(か)くの如(ごと)く其(そ)れ汙(ひく)きこと無(な)き能(あた)はず。則(すなは)ち(一〇〇)能仕(のうし)の設(は)づる所(ところ)に非(あら)ず。宋(そう)に富人(ふうじん)あり、天(あめ)雨(ふ)りて墻(かき)壞(やぶ)る。
請ふ見よ、羅馬(ローマ)死して羅馬の遺骨を幾千万載に伝へ、死して猶(な)ほ死せざる詩祖ホーマーを。
富嶽の詩神を思ふ (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
試みに鴎外漁史に問はん、漁史は結果のみを写して原因を写さざる戯曲を称して猶(な)ほ良好なるものと謂(い)ふ乎、原因に注目する者を称して猶ほ偏聴の誚を免れざるものとなす乎。
罪過論 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
傳「宇之さん、こういう山の中の女だから猶(な)お目立ちやすが、斯様(こん)なにくすぶって居るが、これを江戸へ持って往って磨いて見ねえ、どんな紙屑買が見倒しても奥様の価値(ねうち)があるぜ」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
呉れぬ物が猶(な)ほ欲しくなるのは、殿様や子供の持つて生れた性分で、阿波の殿様は、望みとあらば何でも呉れてやらうから、達(たつ)て「天然研」を譲つて貰ひたいと執念(しふね)く持ちかけて来た。
そして盗魁(たうくわい)となつたのも、盗賊になつた方が京官になるよりも、有理であり、真面目な生活であると思つたところより、乱暴をはじめて、後に従五位下を以て招安されたにもかゝはらず、猶(な)ほ伊予
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
それでも猶(な)ほ魂に満されざる声を聞くのは何の故か。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
と猶(な)ほ亭主(ていしゆ)が語(かた)つたのである。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
愛(あい)ちやんは歸(かへ)らうとしましたが、怒(いか)り號(さけ)ぶ女王樣(ぢよわうさま)のお聲(こゑ)が遠(とほ)くに聞(きこ)えたので、如何(どう)なることかと猶(な)ほも競技(ゲーム)を見(み)てゐました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
猶(な)おも目科を小窓の所に誘い行きて小声にて何か話しを初め、判事は又書記に向い是(これ)も何やらん差図を与え初めたり。
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
此(この)夜(よ)のピアノの響(ひゞき)は、今(いま)も猶(な)ほ私(わたくし)の耳(みゝ)に殘(のこ)つて、※去(くわこ)の出來事(できごと)の中(うち)で最(もつと)も壯快(さうくわい)な事(こと)の一つに數(かぞ)へられて居(を)るのである。
暫時(しばらく)聴耳(ききみみ)を聳(たて)て何を聞くともなく突立っていたのは、猶(な)お八畳の間を見分する必要が有るかと疑がっていたので。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
夫(そ)れ(二)學(がく)は載籍(さいせき)極(きは)めて博(ひろ)けれども、猶(な)ほ信(しん)を六蓺(りくげい)に考(かんが)ふ。(三)詩書(ししよ)(四)缺(か)けたりと雖(いへど)も、然(しか)れども(五)虞夏(ぐか)の文(ぶん)知(し)る可(べ)き也(なり)。堯(げう)將(まさ)に位(くらゐ)を(六)遜(のが)れんとするや、虞舜(ぐしゆん)に讓(ゆづ)る。