“きう”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:キウ
語句割合
灸22.9%
窮12.9%
気宇12.9%
舊8.6%
急7.1%
宮4.3%
球2.9%
旧2.9%
級2.9%
裘2.9%
騎打2.9%
棒1.4%
糾1.4%
久1.4%
九1.4%
休1.4%
喜雨1.4%
朽1.4%
気受1.4%
炙1.4%
祈雨1.4%
臼1.4%
邱1.4%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
も待ず進み出御道理(だうり)の御尋問悴(せがれ)惣内は幼少(えうせう)の頃私しが毎度灸(きう)を据(す)ゑしによりて灸痕(あと)これ有又子供同士の口論に鎌(かま)で疵(きず)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
壓制(あつせい)、僞善(ぎぜん)、醜行(しうかう)を逞(たくまし)うして、以(も)つて是(これ)を紛(まぎ)らしてゐる。是(こゝ)に於(おい)てか奸物共(かんぶつども)は衣食(いしよく)に飽(あ)き、正義(せいぎ)の人(ひと)は衣食(いしよく)に窮(きう)する。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それは、酒の席に於いては、いかなる約束もせぬ事。これは、よくよく気をつけぬと、とんだ事になる。飲酒は感激を呼び、気宇(きう)も高大になる。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
假令(たとひ)都を遷すも、其の盛大を極(きは)むること今日の如きは實に難からん。然らば則ち公常人の忍(しの)ぶ能はざる所を忍ぶ、其功亦多し。舊(きう)藩士日高誠實(ひだかせいじつ)時に句あり云ふ。
學士(がくし)眉(まゆ)を皺(しは)めて夫(そ)れは困(こま)つたもの、全体(ぜんたい)が健康(じようぶ)といふ質(たち)でなければ時候(じこう)の替(かは)り目(め)などは殊(こと)さら注意(ちうい)せねば惡(わ)るし、お民(たみ)どの不養生(ふやうじよう)をさせ給ふな、さてと我(わ)れも急(きう)に白羽(しらは)の矢(や)が立(た)ちて
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
老子(らうし)は隱君子(いんくんし)なり。老子(らうし)の子(こ)、名(な)は宗(そう)。宗(そう)、魏(ぎ)の將(しやう)と爲(な)り、段干(だんかん)に封(ほう)ぜらる。宗(そう)の子(こ)は注(ちう)。注(ちう)の子(こ)は宮(きう)。宮(きう)の玄孫(げんそん)は假(か)。假(か)、漢(かん)の孝文帝(かうぶんてい)に仕(つか)ふ。而(しかう)して假(か)の子(こ)解(かい)、膠西王卬(かうせいわうかう)の(一六)太傅(たいふ)と爲(な)る。
火星の表面(へうめん)は地球(きう)の引力(いんりよく)の五分(ぶん)ノ二しかない だから人は地球にゐるときより二倍(ばい)半は高く飛(と)べるが しかし、それ以上(いじやう)高くは飛べるはずがないのぢや
其内(そのうち)腰(こし)に挟(はさ)んだ、煮染(にし)めたやうな、なへ/\の手拭(てぬぐひ)を抜(ぬ)いて克明(こくめい)に刻(きざ)んだ額(ひたひ)の皺(しは)の汗(あせ)を拭(ふ)いて、親仁(おやぢ)は之(これ)で可(よ)しといふ気組(きぐみ)、再(ふたゝ)び前(まへ)へ廻(まは)つたが、旧(きう)に依(よ)つて貧乏動(びんぼうゆるぎ)もしないので
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
陰(かげ)に廻(まわ)りて機械(からくり)の糸(いと)を引(ひき)きしは藤本(ふぢもと)の仕業(しわざ)に極(きは)まりぬ、よし級(きう)は上(うへ)にせよ、學(もの)は出來(でき)るにせよ、龍華寺(りうげじ)さまの若旦那(わかだんな)にせよ、大黒屋(だいこくや)の美登利(みどり)紙(かみ)一枚(まい)のお世話(せわ)にも預(あづ)からぬ物(もの)を
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
此書院に古画幅を掛たり。広一尺一二寸長(たけ)三尺許装潢もふるし。一人物巾(きん)を頂き裘(きう)を衣(き)たり。舟に坐して柳下に釣る。欵なし。筆迹松花堂様の少く重きもの也。寺僧浦島子(うらしまがこ)の象(かた)なりといふ。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
幼年組が熱中するにつれて年長組もだんだん昂奮(こうふん)してきた。一点また一点、双方が五点ずつとなった、しかも残ったのは両軍ともひとりずつすなわちドノバンと富士男の一騎打(きう)ちである。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
そのにほひ、棒(きう)とりながらわれぞ知る。
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
棒(きう)とりていづれか突かむ。うち見れば
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
公子(こうし)糾(きう)敗(やぶ)るるや、召忽(せうこつ)は之(これ)に死(し)し、吾(われ)は(一〇)幽囚(いうしう)せられて辱(はづかしめ)を受(う)く。鮑叔(はうしゆく)、我(われ)を以(もつ)て恥(はぢ)無(な)しと爲(な)さず。我(わ)が(一一)小節(せうせつ)を羞(は)ぢずして・功名(こうめい)の・天下(てんか)に顯(あら)はれざるを恥(は)づるを知(し)れば也(なり)。
已(すで)にして鮑叔(はうしゆく)は(四)齊(せい)の公子(こうし)小白(せうはく)に事(つか)へ、管仲(くわんちう)は公子(こうし)糾(きう)に事(つか)ふ。小白(せうはく)立(た)つて桓公(くわんこう)と爲(な)るに及(およ)んで、公子(こうし)糾(きう)死(し)し、管仲(くわんちう)囚(とら)はる。鮑叔(はうしゆく)遂(つひ)に管仲(くわんちう)を(五)進(すす)む。管仲(くわんちう)既(すで)に用(もち)ひられて政(まつりごと)に齊(せい)に任(にん)ず。
して待うち翌日に成しかば名主鵜川惣内(うがはそうない)後家お深組頭周藏佐治右衞門傳兵衞(でんべゑ)木祖(きそ)兵衞親類には千右衞門喜平治金助(きんすけ)大八丈右衞門兩隣(となり)の善右衞門孫(まご)四郎辰六角(かく)右衞門其外(ほか)多人數(たにんず)入來り九郎兵衞八右衞門久(きう)七八内忠七六之助などは分家(ぶんけ)故皆々勝手働き先代が取立(とりたて)し百姓三五郎辰八等は水を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
銀座(ぎんざ)、日本橋(にほんばし)をはじめ、深川(ふかがは)、本所(ほんじよ)、淺草(あさくさ)などの、一時(いちじ)に八(はつ)ヶ所(しよ)、九(きう)ヶ所(しよ)、十幾(じふいく)ヶ所(しよ)から火(ひ)の手(て)の上(あが)つたのに較(くら)べれば、山(やま)の手(て)は扨(さ)て何(なん)でもないもののやうである、が、それは後(のち)に言(い)ふ事(こと)で
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
「それが大ありで、『江口の君』といふのは、昔々大昔の華魁(おいらん)だ。一休(きう)樣と掛け合ひの歌を詠んで、普賢菩薩(ふげんぼさつ)に化けた——」
銭形平次捕物控:315 毒矢 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
父老健に喜雨(きう)又到(いた)る安んぜよ
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
民も又戦国の民なれば、一三六耒(すき)を釈(す)てて矛(ほこ)に易(か)へ、一三七農事(なりはひ)をこととせず。士たるもの枕を高くして眠(ねむ)るべからず。今の体(さま)にては長く不朽(きう)の政(まつりごと)にもあらじ。
快活(かいかつ)で情愛(じょうあい)があって、すこしも官吏(かんり)ふうをせぬところから、場中(じょうちゅう)の気受(きう)けも近郷(きんごう)の評判(ひょうばん)もすこぶるよろしかった。近郷(きんごう)の農民(のうみん)はひいきの欲目(よくめ)から、糟谷は遠からずきっと場長(じょうちょう)になると信じておった。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「打(ぶ)つ。おまいに、おれを打つ力があるものか。もし、おれを打つてみろ、お父さんにつかまつて、手にお炙(きう)をすゑられるからな。」
鳩の鳴く時計 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
寺では千手観音を本尊にしているが、而も山上に鏡※池というがあって、傍(かたわ)らに善女龍王(ぜんにょりゅうおう)雨壺の三祠(さんし)を斎(いつ)き祈雨(きう)の神として仰がれていた(三国地志二十六)。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
怖ろしい榴弾砲や臼(きう)砲やを敵の砲兵に見つからないやうに、枯木や、木の株のやうに彩色する一方では、壊れた荷馬車や樹の幹やを、大砲のやうに見せかけて
畑中の一堆(いつたい)邱(きう)に土造の穀物納屋の立ちたるを聖書の画見る心地にをかしと見つゝ、やがてナザレの山麓に到る。石だらけの山坂路(やまさかみち)、電光形に上りて行く。