餌物えもの)” の例文
この魚族ぎよぞくは、きわめて性質せいしつ猛惡まうあくなもので、一時いちじ押寄おしよせてたのは、うたがひもなく、吾等われら餌物えものみとめたのであらう。わたくしそのぐんたちま野心やしんおこつた。
彼は餌物えものをつかんでるふくろうのように暗闇くらやみに満足して、手探りに階段を上がってゆき、静かに戸を開いてまた閉ざし、何か物音が聞こえはしないかと耳を澄まし
運命の鬼奴おにめは、甘い餌物えものを与えて、人の心をためすのだ。そして、ちょっとでも心に隙があったなら、大きな真黒な口を開いて、ガブリと人を呑んでしまうのだ。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
凄いつらがまえにも似もやらず、捕まえた餌物えものをむしろなぶるかのように気が長いのである。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すべての猛獣の習性として、胃の中の餌物えものが完全に消化するまで、おそらく彼はそのポーズで永遠に眠りつづけて居るのだらう。赤道直下の白昼まひる。風もなく音もない。万象ばんしようの死に絶えた沈黙しじまの時。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
血をすする獣性、餌物えものをさがす飢えたる貪欲どんよく、爪とあごとをそなえ腹のみがその源であり目的である本能、それらのものは、平然たる幻の姿をおずおずとながめまたかぎまわす。
あの醜怪な毒虫は、どこかの隅に、呼吸いきを殺して、じっと餌物えものを待っているのだ。と思うと、若い娘さんなどは、夜遊びの帰り途、暗い辻々を曲るのも、ビクビクものであった。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼のうちには、獰猛どうもうな者と巧妙な者とふたりの人間がいた。そしてその時までは、勝利に酔い、取りひしがれて身動きもしない餌物えものを前にして、獰猛な者の方が強く現われていた。
餌物えもの欲しげに触手を動かしている、海藻の茂みの中へ姿を没して了ったのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
天のために地を犠牲にするのは、水に映った影を見て口の餌物えものを放すようなものです。無限なるものから欺かるるほど愚かなことはない。私は虚無である。私は自ら元老院議員虚無伯と呼ぶ。