)” の例文
捉え難い寂しさはめしいたる眼で闇の中をもなく見廻わそうとし、去り難い悩しさはえたる手でいたずらに虚空をつかもうとした。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
きょうまで、無理にいましめていた理性と羞恥しゅうちを破って、片恋の涙は、いちどに、男の膝を熱く濡らして、今はもう止めもない。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けるしかばね——となって、あれからこっち、材木置場や町家の檐下で、寺社の縁などに雨露をしのいで江戸の町まちを当てもなしにほっつき歩き
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それが一層彼らの行動に拍車をかけたであろうが、庸三の贈った金の行きについても、後にだんだん臆測癖おくそくぐせの強い庸三の心にはっきりした形を与えて来た。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
するとまた、柱廊や黒い人影が思い出され、神や避けがたい死のうえに、思いはなくさまようのであった。彼女は鐘の音を聞くまいとして頭から夜衣を被った。
隣りの明店あきだなに隠れて居りました江戸屋の清次は驚きましたが、通常あたりまえの者ならば仰天ぎょうてんして逃げを失いますが、そこが家根屋やねやで火事には慣れて居りますから飛出とびだしまして
いっそ狂うて死んでもくれたら。まだも増しよとうらんでみても。当の本人キチガイ殿は。死ぬるどころか大飯喰ろうて。治癒なおもない顔つきだよ……チャカポコチャカポコ……
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
まぎれもない正金しょうきんである。五十両の金は、妻の血の結晶のように彼には見えた。熱いものがとめなくその眼からあふれた。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「みすみす、行くあてもないあなた様やその和子たちへ、出て行けと、追わぬばかりに云わねばならない私の辛さ。……御前様、おゆるし下さい、おゆるし下されませ」
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私というッぽけな一つのものも、何か、こう……眼に見えないものに支配されて、こうしている間にも、運命が刻々に、変っているんじゃないか……などとないことを考えておりました
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(だがと、待てよ……)万太郎の空想はそこでもなくなりました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)