-
トップ
>
-
辛抱人
>
-
しんばうにん
人樣に
辛抱人と
譽たのが今となりては
面目ない二階へなりと
往きくされ
面を
見のも
忌々しいと口では言ど心では何か
容子の有事やと手を
開き見るに今では
極の
辛抱人になりし由當時
丸龜にて江戸屋清兵衞と云ては
立派な
旅籠屋になりて
暮し居ると
云趣きの手紙也依て
漸々私しは安心なし夫より
此來互に書状の
音信して居たりしと話す所へお梅はお
燗が出來ましたから一ツ御
上りなされましと
湯豆腐の
鍋と
陶を
平右衞門聞て
夫は
相應の
相談なり當人といふは
我等が
同町の
地主彌太郎方に勤居らるゝ又七と申者なり
隨分辛抱人にて
主人彌太郎事は
最早六十にもなれど一人も子なく金ばかり澤山ありて
地面は十三ヶ所も
持居此人
親分となる
積りなれば何事も
氣遣ひなし
先方へ
能々話せし上明日
御返事致すべしとて長兵衞を