身受みうけ)” の例文
同時にくるわの方面にもいわばそれとなく自分が身受みうけの証人にもなったような関係がらうっかりと顔出しも出来ぬ。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
五百が屋敷からさがる二年前に、栄次郎は深入ふかいりをして、とうとう司の身受みうけをするということになったことがある。忠兵衛はこれを聞き知って、勘当しようとした。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
其方共儀長八むすめ身受みうけ相談さうだんの儀は公儀かみに於ても孝心を御賞し有るにつき利欲りよくかゝはらず深切しんせつ懸合かけあひとげ遣はすべし
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
水街道の麹屋へ話してお隅を金で身受みうけしてうちへ連れて来てまず様子を見るとしとやかで、器量といい、誠に母へもよくつかえます故、母の気にもって村方のものをんで取極とりきめをして
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
男達おとこだて梅の由兵衛古主こしゅうの息子金谷かなや金五郎に、その情婦にて元は由兵衛の古主にちなみある芸者小さんを身受みうけして添はせんため、百両の金の工面にくるしみし折しも、由兵衛の妻小梅の弟なる長吉が
両座の「山門」評 (新字旧仮名) / 三木竹二(著)
一時牛込うしごめ芸者げいしゃになり、一年たつかたたぬうち身受みうけをされて、人のめかけになっていた京子という女と絶えず往来ゆききをしていたので、田舎者の女房などになる気はなく
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
文子の説によれば、伊達綱宗だてつなむねは新吉原の娼妓しやうぎ高尾を身受みうけして、仙台に連れて帰つた。高尾は仙台で老いて亡くなつた。墓は荒町あらまち仏眼寺ぶつげんじにある、其子孫が椙原氏すぎのはらうぢだと云ふことになつてゐる。
椙原品 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
「どうかすると言うのは、身受みうけでもしようというはなしですか。それは考物かんがえものですよ。」
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その時貞白は浜照が身受みうけの相談相手となり、その仮親かりおやとなることをさえ諾したのである。当時兄の措置そちを喜ばなかった五百が、平生青眼せいがんを以て貞白を見なかったことは、想像するにあまりがある。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
親のうちつぶれてしまえば頼みに思う番頭からびを入れて身受みうけの金を才覚してもらおうというのぞみも今は絶えたわけ。さらばといってどうして今更お園をば二度と憂き川竹かわたけ苦界くがいしずめられよう。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)