いざ)” の例文
和尚がいざりながら雨戸を開けて「何事か」と声をかけると、文作は「ウーン」と云うなり霜の降ったお庭へ引っくり返ってしまった。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そこで這ったりいざったり、うごめいたりして二尺三尺と、儒者ふうの老人の籠っている、屋敷のほうへ進んでいるのであった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
石割もそう云いながら、わなわなふるえだして、彼は法水の声するかたに、両手で卓子テーブルを捜りながら、いざり寄って行くのだった。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
水を欲しい時のみ地へ下り直立して歩む。本邦の猴など山野にあれば皆伏行し、飼って教えねば立ってあるかず、猩々なども身を斜めにしていざり歩く。
李逵りきが息をつめていると、やがてのこと、牝は要心ぶかく、まずその尻ッ尾で洞壁を一ト払いしてから、徐々と後ろさがりに、奥へいざりこんできた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しまの財布を懐ろから出して、竜之助の前に置くや、後ろへいざるように退さがると、土手から田圃たんぼへ転げ落ちる、転げ落ちると共に田圃中を一目散いちもくさんに逃げ出した。
せんものと又もややいば取直とりなほすを友次郎はいたみも忘れかなはぬ足にていざり出先やいば拏取もぎとりて其方が申處も道理だうりなり我とても其をりいさぎよく切腹せば斯る事にもなるまじきを命を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
阿Qはいったん逃げ出したものの、結局「その道の仕事をやった」事のある人だから殊の外度胸がすわった。彼は路角みちかどいざり出て、じっと耳を澄まして聴いていると何だかざわざわしているようだ。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
すると坐つた形のまま緩やかに方向むきを変へ、腰を折り両手を下ろし、雨漏りのする敷居の方へ延びて行くやうにいざりはじめたが——其処まで行けばわけないものを、三尺も手前の場所に動きを止めて
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
何を握っているのだろう? 刀身の折れた柄ばかりを、依然抜き身であるかのように懸命に握っているのであった。体を起こすといざって進んだ。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「もし、老師!」と、戴宗は思わずいざり出るように進み出て再拝した。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
狂人きちがいででもなければ、深夜に、いざり車などに乗り、刀を背負い、現われで、自分を来栖勘兵衛などと見誤り、ガムシャラに斬ってなどかかる筈はない。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
だがふたたび、いやこんどは、もっとぢかな所で、廊の板じきがキシみ鳴って、ぬりごめの内へ、のそっと、けものじみた背をかがめた武者の影が這うようにいざり進んできたのをごらんあると、さすが
今、金兵衛は先方へいざった。がその次には横へ倒れた。すると右の手が空へ向かって、棒のように突き出された。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
頼春はいざるように、主君の姿を、廊の外へ追いふためいて。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は三日前のあの夜、薪左衛門の屋敷で、ああいう事件に逢ったが、それからいざり車を押して、栞共々、庭から屋内へ、薪左衛門を運び入れた。屋敷の中は大変であった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いざり車に乗った薪左衛門と、それを引いた栞とが、野中の道了塚へ着いたのは、正午まひるであった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
長火鉢の横をいざって廻り、お吉は九十郎の枕上へ来た。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)