いざ)” の例文
だが、いざなっていったその千種屋が、番頭の言葉だとあまり上等ではなかろうと思われたのに、どうしてなかなか容易ならぬ上宿なのです。
次の日曜がまた幸いな暖かい日和ひよりをすべてのつとにんに恵んだので、敬太郎は朝早くから須永を尋ねて、郊外にいざなおうとした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「…………しようではないか」というあの懐しいいざないの声の響きは、われわれの世紀にはもう失われてしまったのだ。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
小次郎はそれを追っかけて行ったが、それは自分から追っかけるというより、姥の力が小次郎に働き、いざなって行くといった方が、あたっているように思われた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
が、人々にいざなわれて、傍らの地蔵堂の縁へ寄り、思い思いに足をやすめた。親鸞は彼にたずねた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だから雀の場合にも、わらなどをくわえた不自由な口で、鳴いて相手をいざなうのは雄の方かも知れぬが、巣の計画には雌の方が熱心な小鳥も多いから、今はまだ何とも言えないのである。
曖昧微温な民衆側の議論は非民衆側の直截熱烈な議論をいざなわない。
落付いて身の振方はつけさせず、類でいざない、数で誘って、危地へすらりとかたまらせる。——舷に手をかけ、救けを求める奴なぞは叩き沈めろ! 孕み女が転んだとて、容赦なんぞはいるもんか。
対話 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
彼らは代る代る線香を上げた。その煙のにおいが、二時間前とは全く違う世界にいざない込まれた彼らの鼻を断えず刺戟しげきした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
袖にはできますまい。ほかの女にいざなわれる! 不人情でござるぞ! 不人情でござるぞ!
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
たたずんでいた玄蕃允は陣幕のうちへいざないもせず
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
然し此姉このあね迄が、いまの自分を、ちゝあにと共謀して、漸々ぜん/\窮地にいざなつてくかと思ふと、流石さすがに此所作しよさをたゞの滑稽として、観察する訳にはかなかつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
鳰鳥はいそいそと若衆を自分の部屋へいざなったが
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やがて男は女をいざなう風をした。女は笑いながらそれをこばむように見えた。しまいになかば向き合っていた二人が、肩と肩をそろえて瀬戸物屋の軒端のきば近く歩き寄った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
然しこの姉までが、今の自分を、父や兄と共謀して、漸々ぜんぜん窮地にいざなって行くかと思うと、さすがにこの所作をただの滑稽として、観察する訳には行かなかった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)