誂向あつらえむ)” の例文
前日よりはずつと都合の好い、お誂向あつらえむきの天気で、空の一方には、綿の山かと思はれるやうな白雲がむく/\と湧き立つて居りました。
勝負はこれから、まず腹をこしらえてからのこと、それには鼻の先へお誂向あつらえむきのこの鍋——これをひとつ御馳走にあずかっての上で……
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
格子のすき間から、棒縞の浴衣を思付いた君の着眼は、却々面白いには面白いですが、あまりお誂向あつらえむきすぎるじゃありませんか。
D坂の殺人事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さあ、模様が誂向あつらえむきとなったろう——ところで、一番近い田圃へ出るには、是非、あの人が借りていた、その商家あきんどやの前を通るんだったよ。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大した智恵のある男ではありませんが、眼と耳の良いことはガラッ八の天稟てんぴんで、平次のためには、これほど誂向あつらえむきのワキ役はなかったのでした。
『ここは妖精ようせい見物けんぶつには誂向あつらえむきの場所ばしょじゃ。たいていの種類しゅるいそろってるであろう。よくをつけてるがよい。』
この観察にして果して大過なしとせば、松陰の如きは、誂向あつらえむきの革命家にあらずや。彼は眼の人として横井、佐久間に譲り、手の人として大久保、木戸に譲る。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
背後は雑木林、前は田圃たんぼ、西隣は墓地、東隣は若い頃彼自身遊んだ好人のたつじいさんの家、それから少し離れて居るので、云わば一つ家の石山の新家は内証事ないしょうごとには誂向あつらえむきの場所だった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
別邸のことだから、広くもない庭だけれど、植込みが茂っているので、そこへ身を隠して立聞きをするにはお誂向あつらえむきであった。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
こう言って、夜道を緩々ゆるゆると東の方へ立去る両箇ふたりの旅人があるのを以て見れば、外は、やっぱり誂向あつらえむきのいい月夜に相違ない。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その代り素ばらしいのを一名、こりゃ、華族で盗賊どろぼうだと申しますから、味方には誂向あつらえむき、いざとなりゃ、船の一そうぐらい土蔵を開けて出来るんでござります。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「殺しはしない。安心し給え。ただちょっとの間、窮屈な思いをしてもらおうというのさ。このうちは、実にお誂向あつらえむきのカラクリ仕掛けになっているのでね」
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
が、また思い返してみると、それはあんまりお誂向あつらえむき過ぎる、そういう思いがけない人間が、この際、ひょっこりとここへ現われるなどは夢のようなものだ。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、それが大尽の耳ざわりになったのは、道庵先生にとっては誂向あつらえむきであったけれど、並んでいた人たちにとっては、身体を固くするほどの恐縮なのであります。
賊の忍入るにはお誂向あつらえむきなんですが、その代りによくしたもので、殺された老主人が馬鹿に眼敏めざとい男なので、滅多なこともなかろうと、皆安心していた訳なんです。
二癈人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
雪見には誂向あつらえむきの一間で、前に言った躑躅ヶ崎の出鼻から左は高山につづき、右は甲府へ開けて、常ならば富士の山が呼べば答えるほどに見えるところであります。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
丸山勇仙は、浮かない仏頂寺を浮き立てるつもりで、自分がぐいぐいと手酌てじゃくで盃を重ねながら、ようやく浮き立とうとつとめたが、気のせいか誂向あつらえむきに浮いて来ないらしい。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
墨汁そのものが、誂向あつらえむきに、この場へ出来て来さえすれば滞りはないことでありますが、次の問題は、しからばこの墨汁を、何に向って、何物を書こうの目的に供するかであります。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こんな仕事には誂向あつらえむきに出来ている男だ、何か、ちょっとした危ない仕事がやってみたくてたまらないのだ、小才こさいが利いて、男ぶりもマンザラでないから、あれでなかなか色師いろしでな
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ちょうど誂向あつらえむきにそういう掟が出来ているのですから、豪勢でしょう——そんなことはどうでもいいわ、手っとり早く、打明けてしまいましょう、実はねえ、宇津木さん、このお宝は
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
この寝物語の里が誂向あつらえむきの地点になっていました。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「有難い、誂向あつらえむきの品が全部そろっていた」
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「そう誂向あつらえむきのところがあればだがなあ」
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)