見逃みの)” の例文
この悲痛をもとより彼は見逃みのがしていない。彼はむしろ女房よりも貧苦がせつなく、借金が悲しく、子供の学費が心にかかっているのだ。
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「そりゃちゃんとにらんであります。あんな品は盗っても、売るのに六ヶしいから見逃みのがして置くものの、盗ろうと思やお茶の子でさあ。」
金時計 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かかる弊風を杜絶とぜつするためにこそ吾々はこの学校に職を奉じているので、これを見逃みのがすくらいなら始めから教師にならん方がいいと思います。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その人なればこそ、盛りの人貞奴の心裡しんりの、何と名もつけようのない憂鬱ゆううつ見逃みのがさなかったのであろう。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
み仏に対して済まぬ事とは万々知りながら、彼は罪ある妹をそのまま見逃みのがして置くことにしたが、心は絶えずその呵責かしゃくに苦しめられていると、妹はさらに第二、第三の罪をかさねた。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
雲や大洋の動くやうに悠々いう/\と動いてゐる。その癖細かいところはちやんと見逃みのがしてゐません。一番上の葉が一寸ねぢれて、ひら/\舞つてゐるでせう。あれがいかにも繊細です。清々すが/\しい。
南京六月祭 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
この樣子を、何物も見逃みのがさないらしいリヴァズ氏は直ぐ看てとつた。
あしたから、また許嫁いいなずけといっしょに、演習ができるのです。あんまりうれしいので、たびたびくちばしを大きくあけて、まっ赤に日光にかせましたが、それも砲艦長は横を向いて見逃みのがしていました。
烏の北斗七星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そちたち今正いままさにその修行しゅぎょう真最中まっさいちゅうすこくらいのことは大目おおめ見逃みのがしてもやるが、あまりにそれにはしったが最後さいご結局けっきょく幽界ゆうかい落伍者らくごしゃとして、亡者扱もうじゃあつかいをけ、いくねんいくねん逆戻ぎゃくもどりをせねばならぬ。
何気なく見逃みのがして過ぎた一日が
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)