薄暗うすやみ)” の例文
挨拶あいさつを交わして、そのままそこで立ち別れた。日はもうとっぷり暮れて、寒い寒いかわいた夕風が薄暗うすやみの中を音もなく吹いていた。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
で、この馬が近づいて來るのを、そして薄暗うすやみのなかに現はれて來るのを凝と見てゐるとき、私はベシーの話の何かを思ひ出した。
しかしこれに反して私が辿たどって行く岨道は、冷たいペパミント色の薄暗うすやみに蔽われて、木の下の道なぞは月夜のように暗かった。
眼を開く (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そうしてそれから一時間の間、僕は薄暗うすやみの中に考えながら坐っていた。やがて一人の女中が泣きながらランプを持って来た。
親しい友達か、でなければ自分の夫とでも、一緒に乗つてゐるやうに、微笑を車内の薄暗うすやみに、漂はせながら、急に話しかけようともしなかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
ようやく何度目かの勧めで、やっと、では、というように二人が立ちどまった時には、もう小半町先は、ものの弁別あやめも分かぬ薄暗うすやみに包まれていました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
師父ブラウンが持物を集めるために傍らをむいた時に、三人の警官は薄暗うすやみの木蔭からおどり出た。フランボーは芸術家であり、またスポーツマンであった。
そのうちに薄暗うすやみになって、すっかり視界をさえぎられてしまったのでやむなく下りてきました。まことに遺憾いかんです
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
酒場みせの前を避けるようにして、霧次ろじ伝いにさっきの場所まで引返して来た女は、そこの街燈に照された薄暗うすやみの中で、倉庫の板壁へ宮守やもりのようにへばりついたまま
動かぬ鯨群 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
戸口では急にもついが始まり、板戸がコトリと鳴って月の出前の薄暗うすやみを五、六寸ばかりひろげられた。
手品 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
頭髪かみのけを長く後に垂れて、わずかに顔の白いのと衣物の白いのとが薄暗うすやみの裡にほんのりと見えるばかりだ。
日没の幻影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
かの女は壟斷された薄暗うすやみの鼻へおづ/\と進んで、「待つて下さい」と云ふ風で、あぶなツかしさうに少し腰をかがめて、向ふの下の方を見て、その鼻の幅だけを
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
鳥打帽とりうちぼう眼深まぶかにかぶり、古ぼけた将校マントに身を包んだ、三十前後の下品な男だ。彼は鉄の箱を飛び出すと、草履ぞうりの音をペタペタさせて、走る様に表の薄暗うすやみに消えた。
暮れてゆく小川には家々のうごかない薄暗うすやみ
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
がしかし僕はすぐに、見上げた途端に、もう暮れかかった薄暗うすやみの空の前に、一人の人間の頭を見止めた。
夕暮の薄暗うすやみはようやく濃くなりそめて来た。そしてロンドンの警官達にとっては、どこをどう辿ってよいか判らないこの追跡は今までにない不安極まるものであった。
その解けぬなぞを考えあぐねながら、私はいつまでもいつまでも薄暗うすやみの中に突っ立っていました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
見ればいつのまにか、箱根山を包んだ薄霧のとばりの上へ、このような方角に見ゆべきもない薄紫の富士の姿が、夕空高く、裾のあたりを薄暗うすやみにぼかして、クッキリと聳えていた。
闖入者 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
と、車内の薄暗うすやみうちでもハッキリとわかるほど、瑠璃子は勝平の方を向いて、嫣然えんぜんと笑って見せた。勝平は、その一笑を投げられると、魂を奪われた人間のように、フラ/\としてしまった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかるに、瑠璃子夫人は悠然と、落着いていた。親しい友達か、でなければ自分の夫とでも、一緒に乗っているように、微笑を車内の薄暗うすやみに、漂わせながら、急に話しかけようともしなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
西北に聳え立つ御坂みさか山脈に焼くような入日をさえぎられて、あたりの尾根と云い谷と云い一面の樹海は薄暗うすやみにとざされそれがまた火のような西空の余映を受けて鈍くほの赤く生物いきものの毒気のように映えかえり
闖入者 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)