苛辣からつ)” の例文
寝るにも起きるにも、自分ばかりを凝視みつめて暮しているような、年取った母親の苛辣からつな目が、房吉には段々いとわしくなって来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼の鼻の先が反返そりかえっているごとく、彼は剽軽ひょうきんでかつ苛辣からつであった。余はこの鼻のためによくへこまされた事を記憶している。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして、暗黙な苛辣からつな口に出せない怨恨えんこんが、病苦の無辜むこな原因者にたいして、子供にたいして、起こってきた。それは、人が思うほど珍しい感情ではない。
遂に全く息もつかせず瞬く間に攻落してしまって、討取る首数六百八十余だったと云うから、城攻としては非常に短い時間の、随分激烈苛辣からつの戦であったに疑無い。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
自分の健康が掘りだしたばかりの土塊のような苛辣からつな北海道の気候に堪えないからとは言いたくなかったので、さらに修業を続けたいのだというよりしかたがなかった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
飛入りの三輪の万七の苛辣からつな調べが、平次にいろいろの事を教えてくれるのでしょう。
古来、人間に加えられた重大なる抑圧と、苛辣からつなる課税の筆頭は恋愛でありました。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかし他の友人以外の人たちは、こうした佐々木の挨拶を聴いてどう思ったか、それは私には分らない。何となれば今度の笹川の長編ではモデルとして佐々木は最も苛辣からつな扱いを受けている。
遁走 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
修業のためにはあまんじて苛辣からつ鞭撻べんたつ
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼は時々芳太郎の気分を、数学や英語の方へきつけようと力めた。その結果、彼は時々思ひのほか苛辣からつな言葉を口へ出さなければならなかつた。
花が咲く (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
いかにあわれみの微笑でながめられることであろう! 力強い人生とその苛辣からつな努力とについても、もはや眼にはいるものは、不滅らしく思える一時の花ばかりである……。
が、物事はそんなうまい具合には行かず、錢形平次の代りに、事毎に平次と手柄爭ひをする、強引苛辣からつな岡つ引、三輪みのわの萬七親分が、子分のお神樂かぐらの清吉と共に乘込んで來ました。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
クリストフは古い書物から立ちのぼる苛辣からつ息吹いぶきに、元気づけられた。シナイの風が、寂寞せきばくたる曠野こうやと力強い海との風が、瘴癘しょうれいの気を吹き払った。クリストフの熱はとれた。
苛辣からつな言葉に、若い女中はハッと立ちすくみました。
判官三郎の正体 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
放縦苛辣からつな古い性質をなおもっていた——(その後になると非常に変わってはきたが。)理性のくびきに否応なしに縛りつけられてる人の精神を、勝手気ままに解き放すというのが
規律にたわめられ、自分の仕事に心を奪われ、仕甲斐しがいのない職業のためにたいていは多少とも苛辣からつになっていて、オリヴィエが自分らと異なったことをやりたがるのを許し得なかった。
そのとき人がになわせられるものは、苦難や疲れた経験や裏切られた知能と愛情など、過去の大なる重荷である——古来の生活の大おけである。桶の底には、倦怠けんたい苛辣からつかすがたまっている……。
クリストフは、この溌溂はつらつたる率直さの苛辣からつな新鮮味を賞美した。