老鶯ろうおう)” の例文
勝頼も、その日は、兵馬の事を廃して、毘沙門堂びしゃもんどうのうちにつつしみ、眼に新緑を見ず、耳に老鶯ろうおうを聞かないこと三日にわたっていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
隼人はひとりで、朽葉を踏みながら林の端までいった。どこかで老鶯ろうおうが鳴き、筒鳥の声が甲高く谷にこだまして聞えた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼は老鶯ろうおうの世を忍ぶ風情ふぜいで、とぼとぼとした荷馬の※沓わらぐつの音を聞きながら、遠く板橋回りで木曾街道に向かって行った。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
老鶯ろうおうの声が聞こえている。が、一人の人通りもない。血溜ちだまりの中で幾匹かのありが、もがき苦しんで這いまわっている。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
壑の前方むこうの峰の凹みに陽が落ちかけていた。情熱のなくなったような冷たいその光が微赤うすあか此方こちらの峰の一角を染めて、どこかで老鶯ろうおうの声が聞えていた。
陳宝祠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
もう五月の新緑があたりをあざやかにして、老鶯ろうおうの声が竹藪たけやぶの中に聞こえた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
私たちは奥座敷といっても奈良漬色の畳にがたがた障子のはまっている部屋で永い間とろろ汁が出来るのを待たされた。少し細目に開けた障子の隙間から畑を越して平凡な裏山が覗かれる。老鶯ろうおうが鳴く。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
声を涸らした老鶯ろうおうが白いあんずの花の間で間延びに経を読んでいる。山国の春の最中もなからしい。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
谷底に横わる尾根の、みどりしたたる大竹籔に老鶯ろうおうが鳴いている。
呼ばれし乙女 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
老鶯ろうおうはその時だけちょっと啼きやんで歌口をやすめた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それもほんの一瞬間で、武士の姿は砂煙に包まれ、そのまま彼方かなたへ駈け抜けたらしい。砂煙の壁もやがて消えた。間もなく蹄の音も絶えた。後は森然しんと静かである。老鶯ろうおうが不意に啼き出した。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
丘をへだてた竹叢たけむらのほとりから、老鶯ろうおうが聞こえて来た。
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)