湧起わきおこ)” の例文
いよいよ湧起わきおこる妄想の遣瀬やるせなさに、君江は軽くまぶたを閉じ、われとわが胸を腕の力かぎり抱きしめながら深い息をついて身もだえした。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ついに非望のげられないことをさとった紀昌の心に、成功したならば決して生じなかったにちがいない道義的慚愧ざんきの念が、この時忽焉こつえんとして湧起わきおこった。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
前よりも一層大きな、一層長く続く笑声が湧起わきおこつた。と、その中の一人が、もう一度、一同みんなの笑を繰返へさせようとして、「若旦那も罪なもくろみを初めなすつたものさね。」
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
同時に耳の穴に突刺さるような超ソプラノが、一斉に「キャーッ」と湧起わきおこったと思うと、若い女の白い肉体が四ツ五ツ、揚板をメクられた溝鼠どぶねずみみたいに、奥の方へ逃込んで行った。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
海嘯つなみはそのあとからすぐ湧起わきおこって、家も人も一呑ひとのみにした。
月光の下 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「併し」私はムラムラと湧起わきおこる疑問を押え兼ねて云った。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「一度はどうかして洋行して見たいと思っておりましたから。」と鶴子は一時に湧起わきおこる感情を見せまいとして努めて声を沈ませた。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すると、ここに初めて綿々として尽きない情緒が湧起わきおこって来る——別れてのちむかしの恋を思返すような心持である。
虫の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
夕方少し涼しくなるのを待ち、燈下の机に向おうとすると、丁度その頃から亀裂ひびったような鋭い物音が湧起わきおこって、九時過ぎてからでなくては歇まない。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ゆふべあかるい星は五ツ六ツともうきらめめて居る。自分はぢつと其の美しい光を見詰めて居ると、何時か云はれぬ詩情が胸の底から湧起わきおこつて来て殆ど押へ切れぬやうな気がする。
黄昏の地中海 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
彼方かなたからも此方こなたからもたがいあい呼応しつつさながらあらしの如くに湧起わきおこって来るのである。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
衷心ちゅうしんから湧起わきおこ武士さむらいの赤誠を仄見ほのみせて語ったその態度その風采ふうさい
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)